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【千葉】ラッシュ裁判最終弁論3-審議会と厚労大臣の指定について

ラッシュ(亜硝酸イソブチル)を海外から個人輸入しようとして、医薬品医療機器等法並びに関税法違反として起訴され、その罪状について争われている【千葉】「ラッシュ裁判」の公判論告弁論が、2020(令和2)年3月9日に開かれ、求刑は「懲役1年6月」、弁護人は「無罪」を主張しました。

その概要は以下で報告しました。

  🔊3月9日公判論告弁論報告

 

弁護人最終弁論は、本裁判の主張の根幹となりますので、何回かに分けて掲載します。

今回は、「審議会と厚労大臣の指定について」の部分です。

🔊【千葉】ラッシュ裁判最終弁論1-本件で問われているもの

🔊【千葉】ラッシュ裁判最終弁論2-指定薬物の要件を満たさないこと

🔊【千葉】ラッシュ裁判最終弁論4-関税法改正について


第2 被告人の本件行為について

以下では、被告人の本件行為が罪に問われるべきではないことを述べる。

5 審議会の意見を聞いたとはいえないこと(上記3③)

(1) 諮問の必要性

 指定薬物とは、「中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。以下「精神毒性」という。)を有する蓋然性が高く、かつ、人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物(略)として、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定するものをいう」(医薬品医療機器等法2条15項)。すなわち、厚生労働大臣は、ある物質を、いわゆる精神毒性を有し、かつ、保健衛生上の危害がある物として指定薬物に指定するためには、薬事・食品衛生審議会の意見を聴かねばならない。

 それは、元来人がどんな物を摂取するかは国民の自由に属し(憲法13条)、国が規制を及ぼすにあたっては、適正手続の要請(憲法31条)に添うことはもちろん、さまざまな医薬品、食品、嗜好品その他物質についての規制との整合性を図る必要があるからであり、指定薬物がその物質的な特性に基づき社会や人に害悪を及ぼすという特性に照らすと、指定薬物の指定は科学的な根拠に基づいて行われる必要があるからである。特に、指定薬物が刑罰法規と連動することからすれば、刑罰の謙抑性の原則から、厚生労働大臣の指定が科学的根拠を有するかどうかは厳格に判断される必要がある。

 薬事・食品衛生審議会指定薬物部会の審査は、このような憲法及び法の要請に基づき行われるものであるから、その要請に応えうる実質を備えた審査でなければならない。

 すなわち、指定薬物部会を構成する委員は、上記のような審査の任に堪えうる学識・経験を有する者から選任されねばならないし、そのような委員の行う審査も、単に、形式的に専門家が参集しその議事録上指定を了とする旨の手続がなされたということでは足りず、指定のための要件について、現実に、かつ実質的に、委員らが有する専門的知見に基づくチェックがなされねばならない。単にセレモニーとして部会が開かれ、形式的に議題が通過したというだけでは、法の求める審査がなされたとは言えないからである。

 そして、「中枢神経系の作用」の要件のように科学的ないし医学的な要件については、信頼性ある資料ないし文献から得られた知見によってなされる必要がある。学識・経験を有する委員が会議を開く場合にも、それが限られた時間・条件の中で人間のなす業である以上、実際には科学的な裏付けを欠いていたということがありうるからである。

 さらに、科学は、その性格上、ある研究者や研究機関によって、審査の結論に沿う知見が報告・発表されたからといって、それが直ちに専門家の共通認識となるものではない。他の研究者・研究機関による再現実験等の相互の検証によって専門家のコンセンサスとして固まってゆくものである。したがって、審査会に依拠する知見が、単一の論文や単一の研究者(機関)等に依拠している場合には、特に慎重に審査がなされねばならない。広汎な一般大衆による大量の消費が見込まれる等して、資金や設備を有する企業を機関によって研究が旺盛に行われる物質とは異なり、研究や実験等が行われにくい物質の科学的特性については、上記の点が特に注意されねばならない。

 そして、ある物質がいわゆる精神毒性と保健衛生上の危害という二つの要件を具備するかどうかについて、審査において何が問題となりどのような理由で結論が出されたのかについては、検証可能でなければならない。指定薬物については、社会一般の非難の風潮が激しくなることがあり、専門家といえども社会の中で生活する人間である以上、その判断が社会の雰囲気に流される可能性は小さくない。審査の過程と内容が検証可能とされていることは、このような危険を回避するうえで有効なのである。

 本件において繰り返し指摘するように、何らかの意味で人の精神に作用を及ぼす物質は多数存在し、現実に指定薬物に指定された物質でも、科学的に確認されている影響の大きさは千差万別であるのに対し、本件被告人がそうであるように、いわゆる薬物関連事件においては、法律の定める法定刑に比して重い社会的制裁を伴うことが少なくない。指定薬物部会の審査は、その線引きを行うという極めて重大な意味を持つものであり、その審査は、厳格になされる必要がある。

 

(2) 平成18年11月9日の指定薬物部会の審査について

 亜硝酸イソブチルは、平成18年11月9日開催の指定薬物部会において、指定薬物とすることが承認された(以下、この日の指定薬物部会を「本件部会」ということがある)。しかし、指定薬物部会のこの決定は、以下のとおり、到底、法の求める審査の名に値するものではない。

 

ア 精神毒性の存在を示す資料が存在しない

 言うまでも無く、審査会において審査されるべきは、当該薬物が、指定のための二つの要件、とりわけ「中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。以下「精神毒性」という。)を有する蓋然性が高い」と言えるかどうかである(江原証人調書33頁14行目📝)。

 本件部会においても、会議の準備にあたった江原証人ら厚労省の事務方によって、指定の可否を諮問された33の物質すべてについて、精神毒性の存在を裏付けるべき文献の一覧表「各薬物の中枢神経への作用概要」が配布されている(甲30・資料3📝)。そして、亜硝酸イソブチルについては、精神毒性を有することの裏付けとして「文献等」の欄に記載されているのは、The American Journal on Addiction誌の2001年10号79頁以下の論文 Thomas Brouette トーマス・ブルエットほかの「Clinical Review of Inhalants 吸引物質の臨床的検討」である(甲31、甲32が和訳📝)。ところが、この論文では、亜硝酸エステル類(Nitrites)について、以下のように記載されている(甲32の和訳は作用メカニズムを「行動メカニズム」と表記する等正確性に疑問がある)。

(甲31該当箇所)

Mechanism of Action 作用のメカニズム(機序)

Nitritesは、多幸感と性感向上の双方をもたらすために使用される。吸引すると、10秒以内に求める効果が得られるが、その効果は5分以内に急激に減少する。そのため、数時間のうちに20回かそれ以上吸引する者もいるようである 54。Nitritesは、最初ふわふわする感覚や皮膚感覚を亢進させ、次いで社会的または性的抑制の減少、性的興奮を高め、肛門括約筋の弛緩と性的絶頂感を長くする。このような効果の機序として考えられるのは、血管拡張と平滑筋の弛緩である。大脳動脈の拡張がNitrites中毒の精神的側面をもたらしている可能性が高く、脳神経画像による研究は、大脳血管の血流に局所的な差異が存在しないことを示している 55。

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 このように、甲31の論文は、亜硝酸イソブチルが「中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用を有する蓋然性が高(い)」ことの裏付けとしてあげられたにもかかわらず、実際には、亜硝酸イソブチルの作用の機序が、中枢神経系の作用であるとの記載は一切無い。

 江原証人によれば、この文献が「多数のものをまとめた代表的なもの」で「最新であり」(6頁)、「どの文献が一番証拠として根拠になりうるかということを確認して、これが一番その当時は適切だろうと考えてこの文献を引用」(5頁下から10行目)というのである。その文献を見ても中枢神経系の作用であるとの記載が無く、むしろ、血管拡張と平滑筋の弛緩によるものだと記載されているのである。これを見て、亜硝酸イソブチルが法の求める要件をみたすと考える者などいないはずである。

 この点については、江原証人自身、甲31を素直に見れば、亜硝酸イソブチルが中枢神経の作用を持っているとまでは書いていないというのが素直な読み方ではないか、と問われて、

「その点につきましては、私もすごく気にしまして、いろいろ先生方とも相談はしていたというふうに記憶しています」、(相談をした理由は証人自身が気になったからですねと問われ、「気になったというよりは、これは重要なポイントだというふうに思ったからです」(39頁)とも述べ、相談した相手は佐藤委員と合田委員であると明確に証言した(38頁)。(40頁同旨)

 ところが、この重要な点について、本件部会の事前に委員から問い合わせ等は一切なく(8頁)、当日も、上記の点についての疑問も質問もおよそ特段の意見も一切でなかったというのである(51頁)

 江原証人は、亜硝酸イソブチルについて、中枢神経系の作用があることの裏付けとなる直接の記載が無い問題について、それは直接の作用である必要はない、間接的な作用でもよく、亜硝酸イソブチルの作用は、間接的には作用があると考えることができるのだと弁明をしながら、同じ反対尋問の中で再度問われると、「どの先生だったですとかは記憶にございません」(69頁)とごまかし始め、相談した結果は、「中枢神経作用として言えるんではないかと言う風な結論だったというふうに思います」(69頁)とあいまいな言い方となり、「どの先生だったのか記憶にございません」「合田先生と佐藤先生とは、よく相談をしていたというのだけでございます」(72頁)とごまかしている。

 結局、中枢神経系の作用があることの裏付けとなる直接の記載がない問題について、直接の作用でなくともよいから問題はないのだ、という説明を、事前であっても部会の委員がしてくれたという証言自体、およそ信用に値しないものなのである。

 そうすると、本件部会では、亜硝酸イソブチルが中枢神経系の作用があるという資料が提出されていないのに、そのような記載の無い甲31が根拠となる「文献等」として提示されながら、江原証人も気になった、重要なポイントであるというその点について、事前にも事後にも、本件部会の委員からは議論も説明も質問も発言も一切なされずに、指定を了とする決定をなしたというほかないのであって、およそ前述したような憲法や法律が要請する「審査」の名に値する手続は存在しないのである。

 

イ 従前の文献も、いずれも中枢神経系の作用については否定的である。

 そもそも、上記問題点については、いわゆる韓国論文が出るまでは(韓国論文自体も根拠とするには問題があるがその点を置いて)、亜硝酸イソブチルに中枢神経系の作用があるかどうかについては、それを示す学術文献は存在しなかった(伊藤証人📝)というのが事実であって、DSM5等もそのような記載がなされ、諸外国の中でも、処罰の対象としない決定がなされているのである。

 そのような状況で、上記要件充足が肯定されるためには、そのような反対の意見があること、むしろそれが主流でああったことを前提としても、いわば意見の対立や論争に終止符を打つような信頼度の高い根拠資料が必要であったはずである。しかし、本件部会には、およそそのような資料は提出されず、否、このことについて議論すらされていないのである。

 

(3) 結論

 亜硝酸イソブチルについて、指定薬物とすることを了とした本件部会は、まったく形だけのものであって、法が求める手続要件をおよそ満たさない。

 

6 厚生労働大臣の指定には裁量権の逸脱濫用があること(上記3④)

(1) はじめに

 厚生労働大臣が亜硝酸イソブチルを「指定薬物」として指定するにあたっては、①「精神毒性の有無、内容及び程度」、②「保健衛生上の危害の有無、内容及び程度」、③「それによって生ずる使用者の健康への影響の有無、内容及び程度」、④「社会における濫用の実態や各種の実害の発生状況」、⑤「当該薬物に関する調査研究及び文献等の調査状況」、⑥「他の物質の指定状況」、⑦「代替手段の確保」、⑧「亜硝酸イソブチルの使用方法」、⑨「当該指定が社会に与える影響」、⑩「指定によって被る不利益」などの考慮事項を吟味・検討したうえで、指定薬物として指定してよいかどうかを判断しなければならない。

 しかし、厚生労働大臣はその吟味・検討をせずに、亜硝酸イソブチルを指定薬物として平成19年2月28日に指定しており、これは社会通念に照らし著しく妥当性を欠く指定行為といえるので、裁量権の逸脱濫用として違法である。

 

(2) 考慮事項について

 医薬品医療機器等法2条15項は、指定薬物に該当するには厚生労働大臣の指定処分が必要である旨を規定する。条文上、どのような薬物を「指定薬物」とするかは、厚生労働大臣の指定行為が必要である建付けになっており、どのような薬物を指定するかについて厚生労働大臣の「裁量」を観念せざるを得ない。また、当時の厚労省の担当者である江原証人は、濫用の可能性があって、害悪もあって、社会的受容性もなく、他の産業への影響もないという薬物について、はじめて指定薬物の対象にしていた旨を述べており(江原69頁20行目)、厚生労働大臣の指定処分に裁量があることを前提としている。したがって、指定行為には厚生労働大臣の裁量が存在しているというべきである。

 もっとも、どのような薬物を指定を行うにあたっては、厚生労働大臣は以下の考慮事項を踏まえたうえで、適切に指定を行う必要がある。考慮事項を一律に検討するのではなく、重視すべき考慮事項を重視しているのか、重視すべき考慮事項ではないのに過剰に重視していないか等、考慮事項の重み付けも合わせて検討しなければならない(最判平成18年2月7日民集60巻2号401頁は「重視すべきでない考慮要素を重視するなど、考慮した事項に対する評価が明らかに合理性を欠いており、他方、当然考慮すべき事項を十分考慮しておらず」と述べ、重み付けを検討していることが窺われる)。

 本件については、①「精神毒性の有無、内容及び程度」、②「保健衛生上の危害の有無、内容及び程度」、③「それによって生ずる使用者の健康への影響の有無、内容及び程度」、④「社会における濫用の実態や各種の実害の発生状況」、⑤「当該薬物に関する調査研究及び文献等の調査状況」、⑥「他の物質の指定状況」、⑦「他の代替手段がありえたか」、⑧「亜硝酸イソブチルの使用方法」⑨「当該指定が社会に与える影響」、⑩「指定によって被る不利益」を考慮事項として、指定を行う必要がある。

 

(3) 本件指定によって社会通念上著しく不合理な結果になっていること

ア ①「精神毒性の有無、内容及び程度」、②「保健衛生上の危害の有無、内容及び程度」について

 医薬品医療機器等法は、精神毒性を有する蓋然性が高いこと及び人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物であることを指定行為の構成要件として掲げている。かかる要件の趣旨は、精神毒性を有する蓋然性が高い薬物の使用によって、使用者の健康被害の発生や他者に対する危害発生を防止する点にあるところ、精神毒性及び保健衛生上の危害の程度が高ければ高い程、健康被害や他者に対する危害発生を防止する必要性が生じる。

 したがって、指定に当たっては、精神毒性の有無・保健衛生上の危害の有無のみならず、精神毒性の程度及び保健衛生上の危害の程度を検討し、程度が高ければ高いほど、指定を行うべき薬物といえるので、生ずる精神毒性の強さ・高さ、発生する保健衛生上の危害の高さなどを特に重視したうえで指定行為の判断を行わねばならない。

 本件においては、亜硝酸イソブチルに精神毒性がないことも保健衛生上の危害がないことも既に論じている。

 さらに、国内外の文献を調査することは当然として、それに留まらず法規範の定める要件を満たすかどうかについて、仮説を立てて、その仮説を検証するために、臨床事例や動物実験などの結果を踏まえて判断する必要がある。亜硝酸イソブチルについては、指定当時、少なくとも我が国においては、このような研究をしていた研究者はおらず、そうした研究に基づく原著論文も発見できていない。覚せい剤や麻薬類やその他の危険ドラッグ等の依存性のある他の薬物で報告されているような健康上の被害は報告されていない。

 したがって、亜硝酸イソブチルは、精神毒性及び保健衛生上の程度が低い薬物であるにもかかわらず、適切な臨床事例や動物実験などの科学的根拠が不十分なまま、指定された薬物といえる。

 

イ ③「それによって生ずる使用者の健康への影響の有無、内容及び程度」について

 前述したように、亜硝酸イソブチルの使用者が、依存症として通院しなければならないなどの症例も見られず、亜硝酸イソブチル使用者の健康の影響は極めて低いものと考えられる。

 

ウ ④「社会における濫用の実態や各種の実害の発生状況」について

 亜硝酸イソブチルの効果時間は、数十秒程度であり、それを使用した者が精神に異常を来たし、交通事故を引き起こしたり、他人を殺傷したりする等、社会的な実害を及ぼす事例は報告されていない。前述したように、少なくとも我が国においては、指定行為時、亜硝酸イソブチルの研究に基づく原著論文や調査結果がなく、亜硝酸イソブチルが社会において実害を及ぼしているという事態も指摘できない。

 また、被告人が裁判を通じて、インターネット上でアンケートをとったところ、2018年8月~2019年12月までで約90名の回答を得、そのうち90%がラッシュを自分自身又は周りで使ったことがあるという回答であった。このアンケートでは、人体に対する重大な症状についての回答はなく、唯一あったのは、鼻のあたりが赤くただれてなかなか治らなかったという回答であり(被告人質問16頁17行目~17頁2行目📝)、また、ラッシュを利用して何か事件や事故は起こっていないという回答がほとんどでもあった(被告人質問18頁11行目)。

 

エ ⑤「当該薬物に関する調査研究及び文献等の調査状況」について

 審議会における亜硝酸イソブチルの指定審議過程では、原著論文(甲31)自体は示されずに、厚労省の事務局による誤導の懸念のある一覧表資料の提示のみによって、個別議論のないまま、指定行為が行われた。しかも原著論文では、亜硝酸イソブチルに中枢神経系の作用があることを根拠に示して述べていない。

 また、それを補う国内の臨床事例や実験研究、文献調査もなされた形跡は認められない。亜硝酸イソブチルを指定薬物として規制する必要性があるかは極めて疑わしいのである。

 

オ ⑥「他の物質の指定状況」

 精神毒性及び保健衛生上の危害が十分に存在する薬物のなかには、指定薬物として指定されていない薬物が多数存在するにもかかわらず、規制の必要性が乏しい亜硝酸イソブチルだけが指定されている。アルコールやタバコは、亜硝酸イソブチルより有害性は高いにもかかわらず、指定薬物には指定されていない。弁21号証📝によれば、20物質の平均有害性スコアにおいて、ヘロインが1位、コカインが2位、アルコールが5位、タバコが9位、亜硝酸エステルは19位、カートが最下位という結果であり、アルコールやタバコは、亜硝酸イソブチルよりも、有害性が高いことが証明されている。本論は、イギリスの研究者による論文で、20種類の薬物の有害性評価を9つの指標を用いて科学的根拠に基づいて分類したものであり、信用性が高い証拠の一つである。

 この点、江原証人はアルコールやタバコは、害悪があると指摘しつつも、社会的受容性があり、他の産業へ影響するという理由から、指定薬物に指定していないと証言した(江原69頁)。江原証言のように、有害性が高いアルコールやたばこについては、社会的受容性・歴史的な経緯、他の産業への影響等も加味して、指定をするべきか否かを判断するべきであり、この点を積極的に争うわけではないが、亜硝酸イソブチルのように、アルコールやたばこほどの有害性がないことが明らかな物については、アルコール等と同一の基準を設けるのではなく(同一の基準を設けてしまうと、社会的受容性がない物質や他の産業へ影響しない物質は全て指定薬物として指定することになりかねない)、その物質の有害性が低ければ低いほど、有害性以外の考慮事項の重み付けは、実際上、低くなるべきである。また、2000年代前半は、亜硝酸イソブチル(ラッシュ)は、非常に容易に入手でき、使用されていたものであり、「社会的受容性がない」と規定することもできないといえる。

 

カ ⑦「他の代替手段がありえたか」

 未成年者飲酒禁止法・未成年者喫煙禁止法など、より軽微な別の方法で規制しており、指定薬物として一律禁止されていない。また、他の法律の規制をみても、亜硝酸イソブチルに対する罰則は比例原則に違反している。例えば、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律では、感染症を一類、二類、三類、四類、五類、新型インフルエンザ等に分類し、感染者の身体への危険度、感染経路、他者への伝播性等によって、規制の在り方をきめ細やかに定めている。このような法律の規定をみると、ある薬物を指定薬物として指定する場合においても、一律に規制するのではなく、有害性の程度等に応じた規制の均衡を考えて、指導、警告、注意といった他の代替手段を講じるべきであり、他の代替手段を検討していないことが窺われる。

 

キ ⑧「亜硝酸イソブチルの使用方法」

 亜硝酸イソブチルは蒸気を吸引する形で使用する物で(江原22頁)、ラッシュは、専ら性行為時に多幸感を得るために使用する場合が多い。

 この点、日本特有の価値観として、性行為の話はタブー視される傾向にあるが、よりよい性行為を行うために、例えば、アロマを使用するカップルもいるだろうし(被告人質問38頁3行目)、精力剤やマカドリンク、ローション、潤滑ゼリー等を使用するカップルも存在する。ローションや潤滑ゼリーは香りがついていたり、味がして食べることができる商品もある。また塗ると体が熱くなるローションも購入することができる。

 このように性行為時に多幸感を高めるための商品は多く販売され、様々なカップルが当該商品を利用している実態がある。ラッシュの使用も性行為時に多幸感を得るための一つの方法にすぎない。亜硝酸イソブチルが性行為時に使用されるからといって、日本特有の価値観でタブーな物質であると決めつけるのではなく、性行為時に合法的に使用されている商品と、どの点が異なり、指定されたのかを適切に見極める必要がある。

 

ク ⑨「当該指定が社会に与える影響」について

 前述したように、我が国においては、指定行為時、亜硝酸イソブチルについての原著論文や保健衛生上の危害に関する調査研究は行われておらず、それ故、亜硝酸イソブチルの指定が社会にどのような影響を与えるかについても十分な考慮がなされていない。弁50・弁51📝によれば、亜硝酸イソブチル(ラッシュ)を禁制化したことによって、より入手が容易な覚せい剤等へ移行した傾向すら指摘されており、より社会的害悪が増大したといえる。

 また、関税法改正によって、指定薬物が輸入してはいけない貨物とされたところ、そのほとんどがラッシュであった。本来、麻薬又は向精神薬類似物質を規制すべきはずの税関業務が、害悪のほとんどないラッシュの規制に手を割かれていることは、行政効果としても、弊害を招いているといえる。

 

ケ ⑩「指定によって被る不利益」

 これについては、被告人を初めとする数名が実際に指定によってどのような不利益を被ったということを見てみることが参考になる。

 

(ア) 被告人の場合

 被告人は、(略)輸入で捜査が及んで以来、被告人の生活は一変してしまった。(略)市役所では丁寧な審理がなく、わずか1週間足らずの審理で(被告人質問8頁11行目)、亜硝酸イソブチルの人体への有害性が吟味検討されることもなく(被告人質問9頁4行目)、一方的に懲戒免職が言い渡された。1000万近い退職金は当然に支払われず(被告人質問12頁14行目)、毎月の収入の途が絶たれてしまった(被告人質問11頁1行目)。亜硝酸イソブチルがほとんど有害でないにもかかわらず、周囲からは、「違法薬物」を輸入したということで一方的に連絡を断ち切られ、被告人が精を出していた地域の文化活動も自粛せざるを得なかった。もともと精神が不安定であったにもかかわらず、より精神的に不安定になり、「うつ状態」の診断を受け、現在も療養中である。

 

(イ) 元NHKアナウンサーの場合(弁71📝、被告人質問15頁4行目以降)

 2016年、亜硝酸イソブチルに似た合法物を作成できるというキットを購入し、作成したところ、後に、合成物が亜硝酸イソブチルであったことが判明し、亜硝酸イソブチルの製造及び所持で起訴され、罰金刑を受けた。NHKに勤めていたこともあり、実名報道がなされ、NHKを解雇された後、うつ病を発症した。

 

(ウ) 福岡県在住の元自衛官(被告人質問15頁下から2行目)

 亜硝酸イソブチルに似た合法物を作成できるというキットを購入し、逮捕され、自衛隊を懲戒免職された。実名報道され、精神的にも不安定な状況に追い込まれた。今でも福岡に住んでおり、相談相手がおらず、孤立して不安定な生活を送っている。

 

(エ) 「指定によって被る不利益」のまとめ

 このように、指定によって被る不利益は、単に逮捕されてしまうのみならず、職を失い、生活を失い、病を発症してしまう等、人生が180度変化するほどの不利益を被る。危険性が少ない亜硝酸イソブチルを規制することによって、被る不利益は莫大であり、社会通念上著しく不合理な指定である。

 

コ 小括

 ある薬物を指定薬物に指定する場合においては、「精神毒性を有する蓋然性が高く」(3①)、「保健衛生上の危害が発生するおそれがある物」であり(3②)、「厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定するもの」が必要であるところ(3③)、これらの要件がありさえすれば足りるのではなく、①「精神毒性の有無、内容及び程度」、②「保健衛生上の危害の有無、内容及び程度」、③「それによって生ずる使用者の健康への影響の有無、内容及び程度」、④「社会における濫用の実態や各種の実害の発生状況」、⑤「当該薬物に関する調査研究及び文献等の調査状況」、⑥「他の物質の指定状況」、⑦「他の代替手段がありえたか」、⑧「亜硝酸イソブチルの使用方法」⑨「当該指定が社会に与える影響」、⑩「指定によって被る不利益」という考慮事項を適切に考慮して指定しなければならない。

 それにもかかわらず、社会における濫用の実態や各種の実害の発生状況、当該薬物に関する調査研究及び文献等を調査検討された形跡を窺うことはできず、生ずる精神毒性及び保健衛生上の危害も微弱ないし過小である。他の代替手段によって規制することもありえたはずであるにもかかわらず、他の手段は検討されず、一律に禁止されるに至っている。

 これらのことからすれば、仮に要件1乃至3がある場合であっても、危険性が少ない亜硝酸イソブチルだけが他の薬物に比べて一律に禁止されている状態になっており(比例原則違反)、平成19年2月28日の本件指定行為をしたことによって社会通念上著しく不合理な結果となっている。本件指定行為は裁量権を逸脱濫用して行われたといわざるを得ないものである。


参考書証

江原証人の尋問調書📝①(調書は未公開)🔊10月9日公判厚労省職員証人尋問

甲30号証「資料3」📝🔊指定薬物制度の議論は充分だったか?

甲31、甲32「The American Journal on Addiction」📝③🔊指定薬物の典拠論文「アメリカン・ジャーナル・オン・アディクションズ」

伊藤証人の尋問調書📝④(調書は未公開)本サイトでは未紹介

被告人質問(調書は未公開)📝🔊ラッシュ規制アンケート結果中間報告

弁21証「LANCET論文」📝🔊ラッシュの有害性はアルコールやタバコより格段に低い

弁50・弁51「厚労省総括・分担研究報告書」📝⑦ 本サイトでは未紹介

弁71「僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話」📝⑧🔊塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』刊行

 

 🔊【千葉】ラッシュ裁判判決の概要


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    名義 ラッシュコントロール

弁論要旨

僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話 [ 塚本 堅一 ]

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