ラッシュの中枢神経系作用は不確定

ラッシュを規制する「指定薬物」の要件として、「中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。以下「精神毒性」という。)を有する蓋然性が高いこと」が挙げられます。

 

ラッシュを指定薬物に指定した指定薬物部会(2006年11月)では、「アメリカン・ジャーナル・オン・アディクションズ」(2001年)というアメリカの論文を典拠に審議資料が作成され、ラッシュに中枢神経系作用があるとされました。しかし同論文には、神経系統を含む人体への影響があることは述べられているものの、それらは血管拡張に因るものとし、中枢神経系作用からもたらされるとの明記はありません。

すなわち、指定薬物部会の審議資料とそれに基づいた審議には、エビデンスの疑義が生じるのです。

🔊指定薬物の典拠論文「アメリカン・ジャーナル・オン・アディクションズ」 


「違法ドラッグ(いわゆる脱法ドラッグ)の販売業者を薬事法違反で告発したことについて」
指定薬物部会に先立つ2006(平成18)年1月30日、ラッシュ販売業者を薬事法違反で告発した際、厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策室が出した報道資料「違法ドラッグ(いわゆる脱法ドラッグ)の販売業者を薬事法違反で告発したことについて」の「(参考)」には、次のように記されています。
ここには、薬理作用は血圧降下作用とあり、中枢神経系作用についての明言はありません。
〈○ 亜硝酸エステル類を含有する違法ドラッグ「RUSH」等について

亜硝酸イソブチル等は血圧降下作用があり、メトヘモグロビン血症、チアノーゼ、貧血、めまい、動悸、頻脈、虚脱、失神、頭痛、嘔吐、尿失禁、便失禁等の健康被害が危惧される。〉

🔊ラッシュ規制をめぐる論文紹介

(2019年3月時点では厚生労働省のホームページから閲覧できたが、現在は削除されている)

古泉秀夫「RUSHについて」
『医薬品情報21』に書かれた古泉秀夫「RUSHについて」(2006年2月3日初出、2007年8月14日改訂)には、次のように書かれ、血圧低下作用により興奮や幸福感が得られると解説されています。
〈亜硝酸ブチルと亜硝酸イソブチルは芳香剤用に商業目的で販売することは認められているが、それ以外の用途での販売は禁止されている。これら3種類(亜硝酸アミルを含むー引用者注)の亜硝酸剤は、いずれも吸入すると一時的に血圧が下がり、めまいや紅潮が生じ、その後に心拍が速くなる。
これらの作用が組み合わさることで、興奮や幸福感が得られ、性的快感が高まると考えて乱用する者もいる。〉

🔊古泉秀夫「RUSHについて」『医薬品情報21』二〇〇六(二〇〇七改訂)

 http://www.drugsinfo.jp/2007/08/14-155500


小島尚ほか「脱法ドラッグから違法ドラッグへ」
『モダンメディア』52巻4号(2006年4月)掲載の小島尚ほか「脱法ドラッグから違法ドラッグへ」も、やはり血管拡張作用をメカニズムとしており、中枢神経系作用についての言及はありません。

 

〈成分の亜硝酸エステルには狭心症治療薬のアミル体があり、違法ドラッグではイソブチル体が最も多く、その他にイソアミル体、プロピル体などである。そのメカニズムは亜硝酸部分から発生したNOによる血管拡張作用といわれるが、生体作用がエステル体により異なるかは不明である。〉

 🔊小島尚ほか「脱法ドラッグから違法ドラッグへ」


鈴木仁美『窒素酸化物の事典』
また、鈴木仁美『窒素酸化物の事典』(2008年 丸善)にも、血管拡張と平滑筋弛緩作用が挙げられていますが、中枢神経系作用への言及はありません。
〈亜硝酸エステルは冠血管を拡張して平滑筋の弛緩作用を起こすため、狭心症や心筋梗塞の治療薬として使用されている。(略)連用すると耐性が生じるが、一週間以上の間をおくと獲得した耐性は消失する。(略)近年は亜硝酸アミルや亜硝酸イソブチルの入った芳香剤が容易に入手できるため、陶酔感を得ようとする若者や性的刺激を求める同性愛者などの乱用が西洋諸国にひろがって、急性メトヘモグロビン血症による死亡を含む中毒事故が多発して問題になっている。〉

『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』
さらに、米国精神医学会が発行する『精神疾患の診断・統計マニュアル』(DSMー5)(2013年)には、中枢神作用を変化させることなく末梢作用のみを目的として使用されている可能性を、示唆しています。
〈これらの物質が、物質使用障害を起こすかどうかは確定していない。耐性が生じる一方で、これらのガスは中枢作用を変化させることはなく、末梢作用のみを目的として使用されているのかもしれない。〉

イギリスACMD答申
このほか、イギリスの諮問機関である「薬物誤用に対する諮問委員会」(ACMD)の答申(2016年)では、ラッシュは以下のように明言されています。
〈中枢神経系に直接作用せず、精神作用物質の定義には該当しない〉

指定薬物制度は不断の検証を伴ってのもの
このように概観してくると、実は指定薬物部会の判断こそ、明確なエビデンスに基づいたものではないのではないかという疑義を与えます。
「脱法ドラッグ対策のあり方に関する検討会」による「違法ドラッグ(いわゆる脱法ドラッグ)対策のあり方について(提言)」(2005年11月25日)においては、次のように言及されていました。

〈製品に含まれる成分として物質が特定された場合であっても、ほとんどの場合、依存性や精神毒性等の有害性に関して現時点で得られている科学的知見は非常に限られている。〉

 

〈現時点で麻薬相当の有害性が立証されたといえない違法ドラッグについて、販売等を予定しない個人的な使用のための所持等までも規制することは、有害性の程度に応じた規制の均衡という観点から、基本的に困難ではないかとの指摘がある。(略)本提言を踏まえた違法ドラッグ対策の帰趨や成果、また、それら対策が講じられた結果としての違法ドラッグの乱用実態等を十分に把握・検証した上で、麻向法における麻薬や向精神薬の規制とのバランス等を含め、今後検討すべき課題でないかと考えられる。〉

🔊「脱法ドラッグ対策のあり方に関する検討会」の提言

 

また、ラッシュを指定薬物として承認した指定薬物部会の第一回会議においても、監視指導・麻薬対策課長は、次のように発言しています。

 

〈麻薬指定に際しては、国立の試験研究機関や大学等において、依存性、あるいは精神毒性についてデータを集め、実際に実験をしていただいて検証する、それをもとに、指定の可否について専門家の御意見を聴くことになっています。どのようなものについて検査を行うかというのは、乱用の実態等に基づき、専門家の御意見も聴きながら順次やっていかざるを得ないと思います。〉

🔊指定薬物制度の議論は充分だったか?

 

すなわち、ラッシュを指定薬物に指定した当時のエビデンスが明確ではないならば、不断に検証していくことが求められているはずです。

しかし、ラッシュについての中枢神経系作用の検証が、指定後に日本で行われた研究例は見当たりません。


【千葉】ラッシュ裁判に当たって、『ニューロ・サイエンスレターズ』619(2016年4月)、629(2016年8月)など、検察側証拠として提出された、韓国の研究機関による論文では、亜硝酸エステルがマウスの中枢神経系へ一定の作用を有することの可能性を示しています。しかし、この論文についても、弁護団は問題があると考えています。

 

いずれにせよ、被告人の人生を大きく左右する刑罰化なのですから、明確なエビデンスと法解釈に基づいた、司法判断がなされるべきだと考えます。

🔊【千葉】ラッシュ裁判最終弁論2-指定薬物の要件を満たさないこと


【千葉】ラッシュ裁判・【横浜】ニトライト裁判とも控訴審へ

【千葉】ラッシュ裁判は控訴に向けて準備中で、2021年1月末に検察側の意見書が提出され、公判は2月以降の開催の予定です。

【横浜】ニトライト裁判も罰金刑の有罪判決を受けたため、控訴に向けて準備中です。予定はわかり次第、お知らせします。


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