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【横浜】ニトライト裁判 判決文

千葉地方裁判所で争われていた「ラッシュ裁判」とは別に、横浜地方裁判所川崎支部でも、「ニトライト」(亜硝酸イソプロピル及び亜硝酸イソペンチル)を海外から個人輸入・所持したとして、医薬品医療機器等法並びに関税法違反に問われ、罰金刑の略式命令を受けた男性が、それを不服として争っている「【横浜】ニトライト裁判」の判決が、以下のとおり言い渡されました。

求刑は「罰金80万円」、弁護人は「無罪」を主張し、まったく受け入れないものでした。

 

日時 2020(令和2)年12月4日(金)午後 

   🔊横浜地方裁判所川崎支部

🔊【横浜】ニトライト裁判12月4日公判と10月2日公判報告


判決の要旨を報告します。

 

第1 主文

1 被告人を罰金80万円に処する。

2 略

3 保管中の指定薬物である亜硝酸イソプロピル、亜硝酸イソペンチルを没収する。

 

第2 犯罪事実

(略)

 

第3 本件薬品の指定薬物該当性

1 弁護人の主張

(略 上記10月2日公判報告を参照のこと)

2判断

(1)本件当時の関係法令等

(2)保健指定薬物の指定の手続

厚生労働大臣は、平成18年11月1日、薬事・食品衛生審議会に対し、亜硝酸イソアミル及び亜硝酸イソプロピルを含む33種の物質を指定することの可否について諮問し、薬事・食品衛生審議会指定薬物部会が、「指定薬物制度と指定薬物(案)について」を議題として開催された。その配布資料3 「各薬物の中枢神経への作用概要」には、亜硝酸イソプロピル及び亜硝酸イソペンチルの「中枢神経系の興奮若しくは抑制 又は幻覚の作用」等の記載があり、同部会においては、これらを基礎として、諮問に係る33品目について指定薬物への指定が諮問されている旨の説明の下に議論がされ、諮問に係る薬物が「危うい」ものである旨の発言等を経て、諮問に係る物質を指定薬 物として指定するのが適当であるとの決議がされ、同審議会は、亜硝酸イソプロピル及び亜硝酸イソアミルを含む諮問書記載の物を指定薬物として指定することが適当である旨の答申をした。 

平成19年指定省令は、同審議会の答申を受けたものであることは明らかである。以上によれば、厚生労働大臣が平成19年指定省令を制定し、亜硝酸イソプロピル及 び亜硝酸イソペンチルを医薬品医療機器等法にいう「指定薬物」に指定した手続に違法は見当たらない。 

弁護人は、薬事・食品衛生審議会において亜硝酸イソプロピル及び亜硝酸イソペンチルに関する議論がされていないと主張するが、前述の経過に照らせば、同審議会の指定薬物部会の議論に際して両物質を含む33の物質について指定薬物に指定することが相当との議論がされたというべきであり、個々の物質が個別に発言に取り上げられなかったからといって、これを否定すべきことにはならない。 

(3)指定薬物該当性

ある物質が指定薬物であるためには、指定に係る物質が中枢神経系への作用を有する蓋然性が高いこと、人への保健衛生上の危害発生のおそれがあることが認められるものであることを要する。中枢神経系への作用を有する蓋然性の高さの認定及び人の身体への保健衛生上の危害発生のおそれの認定については、薬事・食品衛生審議会において、適切な判断資料に基づいて、適切な検討が行われることが求められ、そのよ うな検討を経た判断には合理性が認められるというべきである。 

亜硝酸イソプロピル及び亜硝酸イソペンチルの指定薬物への指定に当たっては、学職経験を有する者によって構成された薬事・食品衛生審議会の指定薬物部会において議論され、それに基づいて答申がされたものであるから、適切な者によって判断がされたことは明らかである。

同部会の際の資料を見ると、配布資料3の亜硝酸イソアミル及び亜硝酸イソプロピ ルの欄には前記の記載があるほか、同欄が引用する文献である「吸飲物質の臨床的検討」には、亜硝酸塩に関する記載があり、これらは、中枢神経系への作用の蓋然性や、人の身体への保健衛生上の危害のおそれに関して論じたものと認められ、議論の基礎となった資料は適切なものと認められる。 

同部会においては、法改正の内容等が説明された上、諮問に係る物質についての指定の当否について議論がされ、前記資料に対する異論やそれと結論を異にする発言もなく指定薬物に指定することが相当との決議がされたものである。その決議において、中枢神経への作用を有する蓋然性の高さや人の身体への保健衛生上の危害発生のおそれがあることが肯定されたものということができる。 

以上のとおり、指定薬物の指定に際しては、判断者の適性、判断資料の適切性、判断過程の適切性、判断命題の合理性のいずれも認められるから、その判断は合理的というべきであり、亜硝酸イソプロピル及び亜硝酸イソペンチルの指定は法に反したものでないというべきである。 

弁護人は、前記配布資料3が引用する「吸飲物質の臨床的検討」中の「メカニズムと して推定されるのは、平滑筋弛緩だ」との記載や、「脳画像研究によると、脳血管流に局所差異は見られない」との句を指摘して神経に作用しているとの事実は認められない等と主張しており、その趣旨は、これらの物質の人体に対する影響の作用機序において中枢神経系への影響は否定される旨主張するものと考えられる。しかしながら、 各記載自体、直ちに中枢神経系への作用を否定する結論を導き出すとは読み取れないし、専門的知見を有する者の合議体による「中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用を有する蓋然性が高い」との蓋然性の認定が誤りであるとの結論にも結び付かないから、弁護人の主張は採用することができない。 

弁護人は、亜硝酸イソペンチルについて、医薬品として国内で流通しているものであるから指定薬物に指定したことは法の委任の趣旨に反すると主張するが、指定薬物は医療等の用途に供するための輸入等が禁止されたものではないから、主張は当たらない。 

また、弁護人は、指定した薬品が指定薬物の要件を満たさないものであることが判明したときは、その指定の効力を否定すべきであると主張するところ、亜硝酸イソプ ロピル及び亜硝酸イソペンチルについて、中枢神経系への作用を有する蓋然性が高いとの判断又は人の身体への保健衛生上の危害発生のおそれがあるとの判断を覆すべき事情が生じたことをうかがわせる事情は見当たらない。よって、本件当時においても亜硝酸イソプロピル及び亜硝酸イソペンチルが指定薬物に指定されていたことに違法はない。

(4) 指定後の不作為に関する主張の前提となる義務の有無

平成26年一部改正法により、医薬品医療機器等法2条15項に「以下「精神毒性」と いう。」との文言が追加されたものであるが、同改正は、「中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用」について「精神毒性」という呼称を定めたものであって、その内容を変更するものではないから、弁護人の主張の前提である、同改正によって指定薬物に指定するためには強度の薬理作用等が認められるものであることを要することとなったとの事情は存在しない。 

平成26年改正法案の国会の委員会審査に際し、政府は「危険ドラッグが覚せい剤や大麻と同等以上の作用を持ち、精神錯乱、死亡等の健康被害、事故等が引き起こされ るなど、深刻な社会問題となっている現状に鑑み、危険ドラッグの販売・使用等の更なる実態把握及び調査研究に努めるとともに、インターネット監視体制の充実、関係機関の連携強化を行うこと」について適切な措置を講ずるべきであるとする附帯決議がされたものである。しかし、附帯決議は、法令の内容を変更する効力を有するものではないし、本件附帯決議の内容自体、指定薬物について「覚せい剤や大麻と同等以上の作用を持つ」物質と定めるものでもないから、弁護人の主張は前提を欠く。 

平成18年薬事法一部改正法の附帯決議は、法令の内容を変更する効力を有するものではないし、医薬品医療機器等法76条の12及び同附帯決議の内容自体、指定薬物の定 義を変更したり、厚生労働大臣に指定済みの指定薬物に関して何らかの行為を行うべき法的義務を生じさせたりするものではないから、弁護人の主張は前提を欠く。 

以上のとおり、厚生労働大臣は、亜硝酸イソプロピル及び亜硝酸イソペンチルを指定薬物に指定した後、調査研究等をした上で指定薬物から除外すべきであったとの弁護人の主張は、その前提を欠き、理由がない。

 

第4 被告人の故意及び共謀

1 弁護人の主張

(1)被告人は医師から処方されていたものと同等の効果を得られるものと考えてニトライトを輸入又は所持をしたものであり、セルフメディケーションのための適法なものと考えていた。

関税法69条の11第1項の規定は難解であり、医師の許可がなくても指定薬物の輸入は可能であると理解することはやむを得ないのであって、違法性の意識がなく、行為が適法であると信じたことについて相当の注意を尽くし、相当の根拠があったから、故意が認められない。

(2)被告人は、警察署に出頭してニトライトを使用している旨申告したが、違法性や犯罪性の指摘を受けなかった。通関業者から、亜硝酸アミルが劇物に当たる可能性があるので輸入できない可能性がある旨指摘を受けたが、指定薬物に当たる旨の指摘は受けなかった。

2 判断

被告人は、平成30年 5月頃、通関業者から、輸入しようとしたニトライト系の液体について税関を通すことができないから、関東信越厚生局に問い合わせるよう助言を受けたことに照らせば、平成30年7月以降の時期において、被告人が、輸入しようとした「ニトライト」が輸入及び所持を禁止されている薬品であることを認識していたことは、優に認められる。 

亜硝酸イソペンチルについては、医薬品医療機器等法76条の4、平成19年指定省令 2条5号の亜硝酸イソペンチル及びこれを含有する物の項により、「疾病の治療の用途 (法第14条又は第19条の2の規定による承認を受けて製造販売をされた医薬品を使用 する場合に限る。)」のための輸入等は禁止されていないところ、本件輸入及び所持に係る薬品がそのような承認を受けて製造販売をされた医薬品でないことを被告人が未必的に認識していたことも認められる。

弁護人の主張は、1(1)は法の不知又はあてはめの錯誤を主張するものであり、1(2) は事実の認識があったことを否定する事情とはならないものであるから、採用することはできない。 

よって、被告人に本件輸入の故意及び共謀、所持の故意を認めることができる。

 

第5 量刑の理由 

被告人は、自己使用の目的で、輸入所持したものであって、その安直さは非難されるべきであり、 自己の対処方法として指定薬物を利用していたことを考慮しても、 主文掲記の刑は免れない。  


被告人としては、法律論に終始し、本人の故意の問題などについて、あまり顧みられなかったこと、弁護人としては、薬事法の改正意図などに踏み込んだ判断をしていない点などを不服とし、今後、控訴に向けて検討していく予定です。

傍聴くださった方に感謝するとともに、今後とも、【千葉】ラッシュ裁判ともどもご支援ください。

 

※「ニトライト」は「亜硝酸エステル類」と分類される薬物の別称です。「ラッシュ」は「亜硝酸エステル類」で製造されたアメリカにおける商品名です。会としては、日本で一般に呼ばれる「ラッシュ(RUSH)」の語を、千葉裁判も含めて、用いていますが、横浜の裁判については、千葉の裁判と区別を意図することと、被告人の利用目的が「医療等の目途」を主としていることを踏まえて、「ニトライト」の語を用いることにしています。 



2020年9月5日に開催したラッシュ(RUSH)裁判オンライン報告会は、現在、アーカイブ動画を編集中です。今しばらくお待ちください。

また、【千葉】ラッシュ裁判は、控訴に向けて、必要な書類を高等裁判所に提出しているところです。検察の書類提出期限が2021年1月31日なので、公判の日程はそれ以降となります。決まり次第、お知らせします。
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