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【千葉】ラッシュ裁判 控訴趣意書2―「精神毒性」「保健衛生上の危害」

ラッシュ(亜硝酸イソブチル)を海外から個人輸入しようとして、医薬品医療機器等法並びに関税法違反として起訴され、2020(令和2)年6月18日に千葉地方裁判所で「懲役1年2月 執行猶予3年」 の判決が言い渡された【千葉】「ラッシュ裁判」は、以下のとおり、東京高等裁判所で控訴審の公判が開かれました。

 

日時 2021(令和3)年4月15日(木)午前11時 

場所 🔊東京高等裁判所 8階 805号法廷

 

内容 弁護側 控訴趣意書に基づく弁論

   検察側 答弁書に基づく弁論

   弁護側 証拠請求

🔊【千葉】ラッシュ裁判 東京高裁4月15日公判

 

弁護人は、2020(令和2)年11月に、「控訴趣意書」を提出し、原判決(千葉地裁判決)には、法令の適用の誤り、事実誤認、量刑不当が含まれているため、破棄されるべき旨の主張を行いました。

2021年1月には、それと連動する「事実取調請求書」を提出し、新しい書証を請求しました。

🔊 【千葉】ラッシュ裁判 東京高裁4月15日公判報告

 

ここでは、控訴趣意書の全文を分割して掲載します。

🔊【千葉】ラッシュ裁判 控訴趣意書1―指定薬物制度の運用・解釈

🔊【千葉】ラッシュ裁判 控訴趣意書3―裁量権・関税法・量刑


次回の判決公判は、以下に決定しました。

日時 2021(令和3)年6月22日火曜 11時 

場所 🔊東京高等裁判所 8階 805号法廷

内容  判決言い渡し

 

ぜひ多くのかたの傍聴をお待ちしております。

🔊【千葉】ラッシュ裁判判決の概要

🔊裁判(千葉) 


控訴趣意書 (その2) 

 

第4 「精神毒性」「保健衛生上の危害」の範囲について(刑訴法380条、382条) 

1 原判決の判断内容

 原判決によれば、精神毒性及び保健衛生上の危害の範囲について、限定的に解釈する必要はなく、さらには中枢神経系への影響は間接的な作用も当然に含まれると解釈すべきであるとする(原判決9頁)。

 そしてその理由として、①提言(弁9号証)は平成17年当時のものであり、この提言をもってして、平成19年までの状況の変化を理由に指定したことは不当ではないこと、②梅野医師の見解は一個人の見解に過ぎないこと、③旧薬事法1条の目的を摘示したうえで、精神毒性及び保健衛生上の危害のある薬物を規制することは目的に資すること等が挙げられている。

 

2 理由の誤り

(1)①について

そもそも検討会が、違法ドラッグの範囲を「麻薬又は向精神薬と類似の有害性を有することが疑われる物質」としたのは、社会にとって有害な薬物を規制することが必要であるとする一方で、刑事罰を科す薬物の範囲はそれ相応の根拠を伴った合理的な範囲にしなければならないと考えたからに他ならない(弁9号証)。その証左として、検討会の議事録でも、規制すべき薬物の範囲を「麻薬又は向精神薬と類似の有害性を有することが疑われる物質」とすることに特段の異論は出されていないし、今井委員も「麻向法と薬事法という体系を前提にいたしますと、薬物の人体に対する有害度の強さという順でいきますと、一番強いのが麻薬で、向精神薬で、その次が、医薬品まがいといいましょうか。」としたうえで、「麻薬、向精神薬、医薬品との境目に一番規制すべきものが存在しているのではないか。」との知見を示し(弁66号証の12頁)、「麻薬又は向精神薬と類似の有害性を有することが疑われる物質」を規制することが正しいという意見を述べている。

 提言が違法ドラッグの範囲を上記のような定義・範囲としたことには相当な理由に裏付けられているものである。

 もっとも、指定薬物制度を導入してから時の経過があって、時宜に応じた対応が要求されることはある。しかし、時が経過したとしても、当初の提言の趣旨や理由から離れた運用をする場合には、当該提言の内容が誤っていた、新たな知見等が示されるなど、当初の提言・趣旨の正当性を失わせしめる事情がなければならない。提言が出されたのが平成17年11月25日、国会に薬事法改正案が上程されたのが平成18年3月7日、指定薬物部会の開催は平成18年11月9日であり、本件指定は平成19年2月であるところ、指定薬物制度ができるまでに提言とは異なった趣旨の別の提言が出された事実は存在しないし(江原証人15頁)、指定薬物制度ができてから本件指定までの間に、新たな提言や公式見解が存在したという証拠も提出されていない。むしろ、監視指導・麻薬対策課は、「違法ドラッグ規制のあり方に関する検討会を設置し、違法ドラッグ規制の方策等について専門家の方々に活発にご議論いただきました。そして、それを踏まえ違法ドラッグ規制を盛り込んだ薬事法改正案を先の通常国会に提出しました。」(弁68号証の2頁、弁66号証)と述べており、行政府が指定薬物制度を提言に基づいて運用することを認めており、原判決は、その連続性を無視するものである。

 また、指定薬物部会においても、監視指導・麻薬対策課長は、「もともとは麻薬を使いたいのだけれども、麻薬を使うと捕まってしまうので、麻薬に少しだけ手を加えて、麻薬の効果をきたして、捕まらないように売ろうという発想で作られているものです。」(甲30号証の43頁(議事録))と説明しており、提言に沿った議論がなされているとみなすべきである。

 したがって、本件指定までに時が経過したといった理由で、提言(弁9号証)を軽視する態度は許されず、提言の趣旨を踏まえたうえで指定を行わなければならない。原判決は、規制すべき薬物を「麻薬又は向精神薬と類似の有害性を有することが疑われる物質」とした提言の評価を、論理則・経験則等に照らして決定的に誤っているものである。

 

(2)②について

 梅野医師は審議会のメンバーではないものの、東京都の薬事関係の審議会及び委員会の委員を歴任している(梅野証人別紙33頁)。検討会における薬事法改正の議論にあたっては、国に先立って東京都で実施されていた指定薬物の条例などを参照としながら検討がなされている(弁65号証の8頁)。したがって、東京都の薬事関係の審議会及び委員会の委員を務めている梅野医師の知見は指定薬物制度の運用においても、極めて重要な示唆を与えるものである。

 しかも、薬物依存の専門家として(梅野証人1頁)、臨床の現場においても、多くの依存性患者の治療にあたっている。こうした職歴を見れば、審議会のメンバーでなくとも,当該分野の専門性を有する人物の知見として尊重されこそすれ、全く無視してよいということにはならない。原判決は梅野医師の証拠を排斥する合理的な理由を示しておらず、梅野医師の証言の意義を不当に低く評価しているものである。

 

(3)③について

 原判決によれば、旧薬事法1条の目的を達成するために、精神毒性及び保健衛生上の危害のある薬物を規制することは目的のために手段として相当であるとする。

 弁護人も、旧薬事法1条の目的を否定するつもりはない。「保健衛生の向上を図る」ことは極めて重要な目的であり、目的を達成するために必要な規制をすることは相当であると考える。しかし、一方で社会にとって有害性が低いものを無理やり「指定薬物」と指定し、当該物質を禁制化することは、目的に資するとは思われない。

 

(4)証拠評価の誤り(事実誤認)

 刑訴法は、控訴審の性格を原則として事後審としているところ、控訴審における事実誤認の審査は、第1審判決が行った証拠の信用性の評価や証拠の総合判断が論理則、経験則等に照らして不合理といえるかという観点からおこなうべきものであって、刑訴法382条の事実誤認とは、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である(最判平成24年2月13日刑集66巻4号482頁)。 

 原判決は、上記のとおり、①~③の理由付けにかかる証拠の評価を誤り、不当にこれらの証拠から導かれる種々の事実を事実認定の際に重要視していない。原判決の事実認定は、証拠の評価を誤ってなされたものであり、経験則等に照らして不合理であって、事実誤認があったと言わざるを得ない。刑事法学者である三重野氏が作成した意見書(弁83号証)によっても、罰則として科す以上、処罰対象となる行為に法益侵害性があることを前提としており、精神毒性及び保健衛生上の危害を限定的に解釈する旨を述べている。

 

3 限定解釈すべきこと

 以上のように、①~③にかかる理由付けは誤りである。

 そもそも、薬機法2条15項にいう「指定薬物」であるには精神毒性を要件とするところ、原判決は、中枢神経への直接的な作用ではなく、間接的な作用も含まれるとする江原証人の証言を採用しているが(江原証人43頁)、この証言こそ、事務方という立場にあったというだけで、他の公式文書などからは妥当性の担保のない個人的な見解と言わざると得ない。「指定薬物」をこのように解することが許されれば、該当する物質は極めて広いことになる。薬機法上、一度「指定薬物」に指定されると、精神毒性が低い若しくはほとんどないものであっても輸入や単純所持をしてしまえば、それだけで重大な刑罰が科される。後述するように、平成27年3月以降、関税法上でも「指定薬物」を輸入することで刑事罰が科されるため、精神毒性が低い若しくはほとんどないものや、中枢神経への間接的な作用でもいいものを「指定薬物」とする解釈がまかり通れば、刑罰の対象となる範囲も広く、過度に広範な規制となり、憲法31条との関係で違反の疑いが強くなる。

 そもそも旧薬事法において、指定薬物制度が設けられた趣旨は、「麻薬又は向精神薬には指定されておらず、麻薬又は向精神薬と類似の有害性を有することが疑われる物質(弁9号証)」を迅速に規制する必要があること、「違法ドラッグ対策に関し、幻覚等の作用を有する一定の薬物を厚生労働大臣が指定して、その製造、輸入、販売等を禁止する」ことが重要であると法案提出の際に説明されていること(弁26号証)などからすれば、指定薬物制度が規制の対象とするものは、文言の字句が意味しているところよりも、狭いものと解される。薬事法から薬機法へと法令の名称が変わったときに付された附則(平成26年11月27日法律第122号)第3条によれば「国及び地方公共団体は、近年における指定薬物・・・等の薬物の濫用の状況に鑑み、その依存症からの患者の回復に資するため、相談体制並びに専門的な治療および社会復帰支援に関する体制の充実その他の必要な措置を講ずるものとする」と規定されており、ここで規定されている「指定薬物」は、指定薬物を使用することで依存症などを併発するほどの害悪が生じることが前提となっている(下線は弁護人によるもの)。

 日本では、「CBDオイル」というオイルが販売されているところ、当該オイルは大麻草由来のオイルであり、カンナビジオールが主成分である。国が大麻の有害成分に指定しているのはTHC(テトラヒドロカンナビノール)であるため、THCが含まれていないCBDオイルは違法な薬物として指定されていない。CBDオイルは一般的に流通しているが、CBDオイルも中枢神経に作用し、リラクゼーション効果が期待できるとされ、同時に吐き気などの副作用を伴う。このように、中枢神経系に影響があり、かつ軽微な保健衛生上の危害が確認できるものも、現時点でも適法な物質として流通しているものが存在しているのである。

 以上、刑事罰が科されるほどの重大な効果を持つことからすれば、精神毒性及び保健衛生上の危害については狭く限定的に解釈するべきであり、「中枢神経系の興奮若しくは抑制又は厳格の作用」については軽微なものは含まれず、中枢神経系への作用の結果、実際に健康被害が生じるような程度のものであることが要求され、「保健衛生上の危害が発生するおそれ」については、人体又は社会に対して一定程度以上の害悪を発生させるおそれがある場合と解釈すべきである。

 なお、このように当該法規が、どのような対象を規制しようとしているかを限定的に読み取ろうとする手法は、最判平成19年9月18日刑集61巻6号601号にも読み取ることができる。

 

4 小括

 以上より、原判決が「精神毒性」及び「保健衛生上の危害」について限定的に解釈せずに判断したことに関しては、上記①~③にかかる証拠の評価を誤り、かつ、限定的に解釈しなかったことは論理則・経験則に照らして不合理であり、判決に影響を及ぼす重大な事実誤認が含まれていると言わざるを得ない。

 


第5 「精神毒性」の範囲について(刑訴法380条、382条) 

1 原判決

 原判決は、中枢神経系への影響は間接的な作用も当然に含まれるとしたうえで(原判決10頁)、亜硝酸イソブチルには多幸感があるとして、中枢神経系に作用していると認定している(原判決10頁)。

 しかしながら、このような原判決の判示には誤りが含まれているというべきである。

 

2 中枢神経系に作用しないこと

 原判決によれば「亜硝酸イソブチルを含む亜硝酸エステル類は、体内に摂取されると血液―脳関門を通過し、脳に入り、多幸感を得るという報酬効果をもたらす(原判決9頁)」ことをもってして、亜硝酸イソブチルが精神毒性を有する蓋然性が高いという厚労相の判断を合理的としている。

 そして、その拠って立つべき証拠として、薬理学への造詣が深い伊藤教授の証言を全面的に信用している(原判決9頁~10頁)。伊藤教授によれば「亜硝酸エステルはチャージもありませんし、低分子ですし、脂溶性ですので、血液―脳関門は通過します」などと述べているところである。

 しかしながら、一方で原判決は、梅野医師の証言をことごとく採用しておらず、あまりにも証拠としての採用の基準が不明確である。伊藤教授も薬理学の専門家であると同時に、梅野医師も依存症等の治療にあたっている臨床の専門家であり、梅野医師の証言(例えば、実際に診察をしていて亜硝酸イソブチルを理由に外来に訪れた人がいない、薬物行政の在り方として人体に危険な薬物こそ規制の対象とすべきであること、精神毒性とは精神病症状が伴うことなど)についてほとんど採用していないのである。

 実際に、中枢神経系を通らないことを示すものとして、ACMDの答申があり(弁1号証)、それによれば「亜硝酸エステル等のように抹消効果をもたらす物質というのは、中枢神経系を直接的に刺激または抑制しないのである(訳文3頁)」「ACMDの見解としては、亜硝酸エステル(ラッシュ)は、精神作用物質法における「精神作用物質」の現在の定義の範囲には含まれない。(訳文4頁)」「脳は、一時的な『ラッシュ感』や『高揚感』を感知するが、それは、脳やその周辺での血管肥大によって引き起こされた血流量増加による間接的な作用によってである。こうした『ラッシュ』」の作用は、『血液脳関門』(blood-brain barrier)の外側で起きるため、『周辺的』なものと考えるべきである(訳文3頁)」とあるように、亜硝酸イソブチルは中枢神経系に影響を及ぼすことが疑わしく、中枢神経系に作用していることを証明することはできていない。また、アメリカ精神医学会が作成したDSMー5(弁64号証の572頁)によっても、「アミル、ブチル、イソブチル亜硝酸塩ガスの使用」について「これらの物質が物質使用障害を起こすかどうかは確定していない。・・・これらのガスは中枢作用により行動を変化させることはなく、抹消作用のみを目的に使用されているのかもしれない」としており、中枢神経系に影響があることを否定的に分析している。ほかにも,亜硝酸エステル類の一つである亜硝酸アミルに関して、名称、有効成分、製材などについてまとめたレポートには「血液―脳関門通過性」について「該当資料なし」と書かれているのである(弁79号証の15頁)。

 このように中枢神経系に作用しないことを示す証拠が多数あるにもかかわらず、伊藤教授の証言だけを一方的に採用し、中枢神経系に作用することを認定していることは事実誤認というほかない。

 多幸感を得るという報酬効果をもたらすものは、薬物に限らず、美味しいものを摂取したときや、心地よい音楽を聴いたときなどにも得られるものであり、これをもって規制の条件することは慎重でなければならない。

 

3 間接的な作用で足りると判断することは失当である

 原判決は、中枢神経系の影響は直接的な作用だけでなく、間接的な作用で足りるとしているところ(原判決10頁)、間接的な作用でも足りるとしてしまえば、例えば、何かすべすべしたものを触ったことで、気持ちがよいと思った場合にも、間接的に中枢神経系に影響を与えていることになる。このように、間接的にも中枢神経系に作用していることを含むとすれば、精神毒性の要件にはありとあらゆるものが含まれることになるのであって要件としてあまりにも広すぎることになり、不合理である。

 

4 控訴事由

 以上より、原判決は、伊藤教授の証言を過大に信用し、他方、梅野医師の証言を不当に軽視し、信用性評価を誤った。また、中枢神経系に作用しないことを示す証拠が多数存在している一方、当該証拠を排斥させる十分な理由がないにもかかわらず、中枢神経系に作用することを認定したことは、原判決の事実認定が経験則等に照らして不合理であり、その誤認が判決に影響を及ぼすものと言わざるを得ない。 

 


第6 保健衛生上の危害について

1 原判決の認定

 原判決は、保健衛生上の危害があると判断したことにつき、

Ⓐ 本件論文は…急性症状として『吸引後、軽い頭痛・目まい・動機・ふらつきを訴える使用者が多い。もっとしつこいズキズキした頭痛・吐き気・嘔吐・虚弱、失神・落ち着かなさ・悪寒・本人が意図しない排便排尿というのも言われる』と、慢性症状として『亜硝酸塩使用の最も深刻な影響は、血液学および免疫系統にある。…吸引すると…腫瘍殺傷活動を、著しく損なってしまう。…多分こうした影響は、亜硝酸塩使用とエイズとの関係に何等かの関係を演じている。…HIV感染と亜硝酸塩使用のコンビネーションは、免疫システムの弱体化を早めるため、こうして致死的になってしまう』などと指摘している。(原判決10頁)」。

Ⓑ ニューロサイエンス・レターズ619巻(甲33号証から35号証、甲42号証)では、亜硝酸イソブチルはげっ歯類で学習記憶及び運動調整欠陥を引き起こしたという結論が得られ、亜硝酸イソブチルを含む亜硝酸エステルは、とりわけ学習記憶機能方面に神経有毒性を引き起こす可能性が示唆された。

Ⓒ 伊藤教授は、亜硝酸化合物の有害な作用として、血管が拡張して血圧が下がり、その反射として心臓の動きが強くなり、循環器系に対して必要のない効果が出るという循環器系に対する作用のほか、

Ⓓ 連用していくと黄班が変性して失明する可能性がある、

Ⓔ 依存に繋がりうるという多幸感、

Ⓕ 誤飲すると死に至る報告もある。

などを挙げている。しかしながら,これらⒶ~Ⓕの事実をもってして、「保健衛生上の危害」があるとした原判決の判断には重大な事実誤認がはらむ。

 

2 保健衛生上の危害が存在しないこと

(1)保健衛生上の危害が存在するかどうかを判断するうえでの視点

 保健衛生上の危害が存在するかどうかの判断視点として亜硝酸イソブチルが本当に甚大な健康被害を生じさせるのか、中枢神経系に強い影響を与えるのか。規制することが本当に社会にとって有益なのか、それどころか亜硝酸イソブチルを規制することがむしろ社会にとって害悪をもたらしているのではないか、この視点に基づいて保健衛生上の危害の存否を判断すべきである。

 

(2)上記理由付けそのものの誤り

    そもそも上記理由付けのうち、以下のとおり誤りが存在する。

ア 理由付けⒶについて

 原判決は本件論文(甲31号証及び甲32号証)から急性症状、慢性症状があることを指摘している(原判決10頁)。

 しかし、薬理学の専門である伊藤証人によれば、エビデンスが付記されていない論文そのものは信用性に乏しい旨を述べている。すなわち,伊藤証人は,亜硝酸イソブチルが中枢神経に作用するか否かの文脈において、弁護人から、アメリカン・オン・ジャーナル・アディクションから中枢神経系に作用することが読み取れるか質問されたのに対し、「今おっしゃられた2001年の論文にはそう書いてありますけれども、そこにはエビデンスはありません。そういうことのエビデンスは出ていません。この著者がそう判断しただけのことであって、通常論文というのはちゃんとしたエビデンスをそこにつけないといけないんですけど」として「推定しているだけ」だと証言しているのである(伊藤証人27頁)。

 このように伊藤証人は、エビデンスがない論文は信用ならない旨を述べているところ、本件論文の10頁~11頁には、急性症状、慢性症状が発生するエビデンスはついていない。

 

イ 理由付けⒷについて

 ニューロサイエンス・レターズでは、亜硝酸イソブチルを含む亜硝酸エステル類に学習記憶方面への影響が見られる実験結果が出されているが、梅野医師は、ラッシュを摂取する方法として、「気化されたものを吸入する」のが一般的であるにもかかわらず、ニューロサイエンス・レターズの実験では「腹腔内投与してい」ること(梅野証人11頁)、「マウスに対する量…(が)多すぎる可能性があ」り、実験結果を人間にそのままあてはめることがおかしいこと(梅野証人11頁)、そもそも「動物の結果をそのまま人間にスライドさせるという」ことが不当であること(梅野証人14頁)などを証言し、ニューロサイエンス・レターズの実験結果に異を唱える。  

 また、医師である嶋根卓也氏は、RUSHの使用が服薬アドビアランスに影響を与えないことから、作用時間が限定的であることを立証している(弁48号証、49号証)。

 

ウ 理由付けⒸについて

 亜硝酸イソブチルを含む亜硝酸エステル類の主たる効果は、血管拡張作用にあることは一般的に知られており、弁79号証によれば、亜硝酸アミルが狭心症の治療薬として医療目的で使われていることと表裏の関係にある。したがって、この薬理作用を保健衛生上の危害を基礎付ける事実にすることは誤りである。また、同証は、頭痛などの神経系への副作用は血管拡張作用に起因するものとしており、亜硝酸イソブチルの中枢神経系への作用を否定している。

 

エ 理由付けⒹについて

 原判決は亜硝酸イソブチルを摂取することで、失明の危険性があることを指摘する(原判決10頁)。

オーストラリアでは亜硝酸イソブチルは適法であるところ、亜硝酸イソブチルを含む亜硝酸アルキル塩(ラッシュ)を厳格に規制しようとする政府の動向に対し、オーストラリアの専門家たちが「joint submission」を提出した(弁73号証、弁74号証)。これは、いわば、イギリスにおけるACMDのようなものである。この提言には、失明の危険性があるのは、亜硝酸イソブチルではなく、亜硝酸イソプロピルのみであると指摘されている(弁74号証の6頁、8頁)。

 オーストラリアのニュースサイトの投稿された記事でも、失明の危険性があるのは、亜硝酸イソプロビルだけであり、亜硝酸イソブチルについて失明の危険性は存在しないとしている(弁77号証、弁78号証の1頁及び3頁)。実際に116人が回答したラッシュについてのアンケートにおいても(弁75号証、弁76号証)、視覚に対して何等かの異常を覚えた人は存在せず、圧倒的多数人が人体に対する影響がないと答えている(弁75号証の10頁)。また、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の薬物依存研究部による調査(弁10号証~弁17号証)でも、失明の危険があった報告はなされていない。

 伊藤証人は失明の危険性を証言しているが、一方で、視覚に対する危険性が発生しないことを示す証拠が多数あり,理由付けⒹについて厳格な証明はなされておらず、亜硝酸イソブチルに関して理由付けⒹを保健衛生上の危害を基礎付ける事実にすることは許されない。

 

オ 理由付けⒺについて

 また、原判決は依存につながりうる点を指摘するが、実際に、亜硝酸イソブチルを使用したことで、依存につながっているという実例は報告されていない。

 それは、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の悉皆調査(弁10号証~弁17号証)から明らかである。この調査は厚労省科研費補助金事業として継続的に行われているところ、自傷他害の報告例はおろか、依存に悩んで困っているという報告例は一切存在していない。また梅野医師も同様であり、臨床の現場にラッシュを使用して困ったという人があらわれることはないと答えている(梅野証人2頁)。さらに、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長であり、かつ現薬物部会のメンバーでもある松本俊彦医師も、「極端な言い方になりますが,『別にラッシュくらいいいじゃん』という気持ちもあります。法廷戦略の一環なのか、保釈中に依存症外来を訪れる人も多くなりましたが、ラッシュの場合、正直、依存症でもなんでもない,単なる愛好家みたいな人ばかり来るんですよ。この薬物を規制するくらいならば、もっとするべきことがあるんじゃないかって思うんです。(弁71号証の206頁)」と断じている。

 それに対して、原判決は、保健衛生上の危害が生じた場合であっても、医療機関に報告するとは限らないというが、悉皆調査は網羅的であり、調査対象になっている病院の数も極めて多い。梅野医師も依存症の専門医であるのと同時に、東京都の薬物規制の委員をも歴任しており(梅野証人別紙33頁)、その梅野医師や松本医師が臨床であったことがないというのは、極めて重みのある証言である。原判決は、伊藤証人の証言を一方的に信用するのに対し、梅野医師の証言を独自の見解と見做すが、極めて恣意的な判示である。医療機関に報告例が寄せられていないということ、日本の依存症学界の中核にいる二人の医師による証言は、人体に影響を及ぼすほどの健康被害・依存例がないことの証左というほかない。原判決がいうように、仮に医療機関に報告せずに健康被害が生じている場合があるというのであれば、それは悪魔の証明であり、検察官が、亜硝酸イソブチルを摂取することで依存的体質を備えている実例を証明すべきである。

 依存につながる多幸感が生ずること(理由付けⒺ)を「保健衛生上の危害」の理由付けの基礎にすることはできない。

 

カ 理由付けⒻについて

 原判決は、誤飲すると死に至る報告があるとする事実から、保健衛生上の危害を基礎づけている(原判決10頁)。しかしながら、用法を誤って死に至る物質は世の中に数多くある。テトロドトキシン(フグ毒)、醤油、エチルアルコール、いずれも用法容量を誤って使用すれば、それによって死に至ったり、失明するなど甚大な影響がある。原判決の論法によれば、エチルアルコールも醤油も、保健衛生上の危害が存在することになってしまう。

 あくまで「誤飲」するということが前提になっている理由付けⒻは保健衛生上の危害を基礎づける事実としては失当というほかない。

 なお、原判決は12頁において、亜硝酸イソブチルが「そもそも医薬品ではなく,正規の用法自体が存在しない」ため、服用した事例であっても健康被害を示す実例として評価できるとしているようである。しかしながら、そもそも厚労省が規制の典拠として挙げる本件論文(甲31号証及び甲32号証)は亜硝酸イソブチルを「吸入物質」として捉えて論じていること、ACMD答申並びに被告人、梅野医師及び江原証人でさえも亜硝酸イソブチルが「吸引」されるものであることはほぼ当然の前提になっているのである(江原証人22頁、梅野証人1頁)。検察官が請求している証拠でさえ、亜硝酸イソブチルは「吸入」されることが一般であるとされている以上、吸入が一般的な用法であることは周知の事実であり、吸入以外の用法の実例をもってして、健康被害を裏付ける症例にするのはあまりに牽強付会である。

 そのうえ、甲47号証の症例報告では、亜硝酸イソブチルをアルコールと併用することは危険である旨が医学的見地から述べられているのであって、医学的に許容されていない用法で死に至った症例報告を、保健衛生上の危害の存在の前提とすることはあまりに乱暴である。医学的に許容(推奨)されていない使用方法が付記されながら、適法に流通している薬物は数多ある。

 

(3)保健衛生上の危害がほぼ存在しないことを示す事実

 そのうえで、刑事罰を必要とするほどの保健衛生上の危害がほぼ存在しないことを推認させる数多くの事実がある。

 

ア 健康被害が発生していないことを推認させる事実

(ア)亜硝酸イソブチル(ラッシュ)の使用者等によるアンケート結果

 日本の民間団体である「ラッシュの規制を考える会」では、亜硝酸イソブチルを含むラッシュについてのアンケートを、インターネットを通じて2018年8月~2020年8月まで実施したところ、116人の回答が得られた(弁75号証、弁76号証)。116人のうち、104人がラッシュを使用した人を知っていると答えている(自分が使用している場合を含む)。

そして、116人のうち98.3%にものぼる圧倒的多数の回答者が「ラッシュを使用することで、人体に重い症状が現れていない」と答えている。1.7%についても、「重い症状ではないが、鼻が赤くただれ、なかなか治らなかった。」「心臓発作を起こした人がいると聞いたことがある」とある2回答のみであった(弁75号証の10頁)。

 ラッシュに関する大規模なアンケートは、このアンケートが他に見受けられないことを考えると、実際にラッシュを使ったことによって、鼻の頭が赤くなったという申告がなされているだけで(弁75号証の10頁)、依存性があるといった報告などは見られない。心臓発作は重篤な例といえるが「聞いたことがある」という伝聞である。

 亜硝酸イソブチルを使用することの有害性については、伊藤教授なども証言するところであるが、実際の使用者のアンケートの証拠価値はほかより高いというほかなく、深刻な健康被害が発生していないという何よりも重要な事実である。

 

(イ)有害性が低いことを示す文書の存在

a ランセット論文

 原判決はランセット論文(弁21号証、弁22号証)を引用しながら、タバコやアルコールと比較して、亜硝酸イソブチルの危険性が低いと書かれていることに注目するも、タバコやアルコールと比較することは相当でないと述べる(原判決11頁)。原判決によれば、その理由は、タバコやアルコールは社会的に受容されてきた長い歴史やアメリカでの禁酒法の事例等を考慮して規制されていないだけであるからという。

 しかしながら、文化的な背景があるにせよ、適法とされているアルコールやニコチンよりも、亜硝酸イソブチルの有害性が低いことは紛れもない事実であり、ランセット論文は科学的にも信用性が高い論文であることを踏まえると(江原証人26頁16行目、梅野証人13頁)、原判決はランセット論文に書かれている事実を不当に軽視しているというほかない。ほかにも、現審議会のメンバーである松本俊彦医師も「いちばん危険な薬物はアルコールなんですよね。健康被害に関する有名な研究でも、アルコールがトップ。人に迷惑をかけるし。ヘロインやコインよりも危険。現実の規制は、その薬物の危険性とは比例していません。」とコメントしている(弁80号証の2頁)。

 ランセット論文が有害でないとしている理由について、原判決は何ら具体的理由を示さずに証拠としての価値を軽視している点は不合理というほかない。

 

b ACMD答申

 イギリスの薬物使用に対する専門家による諮問委員会(ACMD)の提言(弁1号証)では、亜硝酸イソブチルを規制対象にすべきではないという意見が書かれている。原判決は,日本の指定薬物と一緒に考えることは相当でないという伊藤教授の証言(伊藤証人32頁)をもとにACMDの提言を軽視しているが、甚大な健康被害が生ずるのであれば、イギリスが指定薬物から外すわけがない。精神作用物質を規制するイギリスの規制のあり方と、指定薬物制度という制度の違いはあっても、それが答申で言及されている内容全般を考慮しないことにはならない。むしろ、イギリスにおいては、専門家による知見に基づいて規制を取りやめた行政のあり方を、考慮すべきである。

 

ⅽ オーストラリアの専門家たちの提言

 オーストラリアの専門家たちが出した「joint submission」(弁73号証、弁74号証)によれば、亜硝酸イソブチルの危険性が高くないことを述べている。「joint submission」は、オーストラリアで亜硝酸イソブチルを含む亜硝酸アルキル塩の規制厳罰化が図られようとした際、専門家たちが亜硝酸アルキル塩の規制のあり方ついて国に提言したものである。本書は、亜硝酸アルキル塩の有害性が低いこと(弁74号証の8頁)、その使用は1970年代から主にゲイカルチャーに根ざした文化的側面があること(弁74号証の13頁)などに関して、2018年現在の英語文献レビューやオーストラリアの事例に基づいて論じられたものであり、現在の諸外国のなかで、最新の知見が陳述されたものである。この提言がオーストラリアの保険省薬品・医薬品行政局に提出されたことによって、亜硝酸アルキル塩は亜硝酸イソプロピルを除いて規制から外れることになった(弁81号証の1頁目も参照)。

 この提言で重要なことは、メトヘモグロビン血症、黄斑症、偶発的曝露による傷害や中毒など、亜硝酸アルキル塩に関連した多くの有害事象がリストアップされているが、これらの事象が発生する確率の評価が含まれていない点が問題であり、「リスクの程度」は、有害な事象が発生する確率とその危害の重大性の両方を組み入れた計算によって決定され、確率は「有害事象頻度(分子)/使用頻度(分母)」で評価すべきとしている点である。そして、亜硝酸アルキル塩は、亜硝酸イソプロピルを除き、使用頻度に比べて、リスクがほとんどないことを立証している。

 これは、本裁判において「保健衛生上の危害」を考えるうえで、非常に重要な指摘であるといえる。

 日本国内において、ラッシュの使用が指定薬物指定後も相当程度の使用が推定されるのに対し(弁19号証「LASH調査」)(弁60号証~弁62号証関税摘発数)(弁75号証、弁76号証アンケート)、一方で、治療を伴う症例が報告されていないことは、まさに「保健衛生上の危害がほぼない」ことを示しているといえるものである。

 

イ 指定したことによって発生する害悪の存在

(ア)社会資源の喪失

 上記のように、亜硝酸イソブチルを使用したことによって、甚大な健康被害などは見受けられない。それどころか、ラッシュを規制したことによって、それで職を失われたり、社会的孤独になったりする例には枚挙にいとまがない。116人のアンケートによれば(弁75号証,76号証)、

・危険ドラッグ販売業者の摘発のために制定された法規であり、ラットへの実験結果報告書も異常な長期間長時間でのもので、実際の現場の使用状況とは乖離しています。私は、この件で警察、司法、マスコミによる強力な社会制裁受けた上、死活問題となる制裁を受けました。立法の権限を乱用強行した印象です。(弁76号証の1頁)

・アメリカより輸入し税関により見つかり実刑で、5年で、3年3か月の実刑、罰金100万円(弁75号証の6頁)

・輸入2017年1月、留置2017年2月〜6月、判決2017年7月、実刑3年執行猶予3年(弁75号証の6頁)

・逮捕された当時は、頭が真っ白で何も考える事ができず、ただただ法に従うしかなかった。ラッシュ使用が仕事も何もかも失うほどの重大な人体被害があるとは思えない。今、このHP見ててラッシュは規制対象としての薬害がほぼほぼないのであれば、何のために規制したのか分からない。よく話し合いや薬害の実証も確認しないで法だけ先走りのようにできて…人生に傷を負うほどの…人体被害はないでしょ!(弁76号証の1頁)。

と回答されている。

 後述するように被告人も懲戒免職となっているほか、実名報道されてNHKを解雇され、家から出られないようなうつ病になってしまったケース(被告人質問15頁)、ラッシュを使ったことが露見したことによって、自衛隊を懲戒免職され、1年ほどぐらいは精神的に不安定な状況になったケース(被告人質問16頁)、ラッシュの所持が疑われたため職務質問をしたところ、その後自死に至ったケース(被告人質問19頁)も報告されており、社会資源が喪失されている。

 

(イ)他のより有害な薬物への移行

 そして、亜硝酸イソブチルが禁圧化されたことによって、より、強い人体に対して甚大な健康被害をもたらす薬物へと移行したことが指摘されている(弁52号証の14頁~15頁、弁53号証、弁54号証、弁76号証)。覚せい剤などは、アンダーグラウンドの世界では、比較的入手が容易であることから、「危険ドラッグの規制強化とともに、入手困難などを理由に、覚せい剤などの違法薬物や処方薬などの「捕まらない薬物」に切り替えた可能性が示唆された」のである(弁52号証の15頁)。このようにより危険なハードドラッグへの移行を促している。原判決では、亜硝酸イソブチルが「ゲートウェイドラッグ」であることを肯定しているが、仮にゲートウェイドラッグであるならば、亜硝酸イソブチルを規制すれば、覚せい剤などのハードドラッグの使用も減るはずにもかかわらず、逆の実態になっていることは、ゲートウェイドラッグであるとはいえないといえる。

 実際に、116人のアンケートの中の声にも「軽いドラッグ(ラッシュをドラッグと言っていいのかわからないが)を規制したがゆえに、最初からハードドラッグに手を出すパターンが増えている気がする(弁76号証の2頁)」「規制すべきでないと思います。規制によって麻薬や危険ドラッグの使用が増えているのではないでしょうか。嗜好品であって、どうして指定薬物なのか理解できません。(弁76号証の3頁)」という声が寄せられており、使用者における実感と符合している(弁76号証)。

 

ウ ラッシュを使うことによる積極的効能

 亜硝酸イソブチルは主に、性行為時に使用することが多い。アロマオイルやお香なども、人によっては、それをたくことでリラックス効果を覚えるように、亜硝酸イソブチルもそれと同様にリラックス効果を感じるものである(被告人質問38頁)。

 また、オーストラリアの提言(弁73号証,弁74号証)では、亜硝酸イソブチルを含む亜硝酸アルキル塩には「脳と周辺部の血管の拡張により知覚されるリラックス効果、鎮痛作用、筋弛緩作用があり、性行為時の痙攣を防止し、緩和し、内括約筋の断裂を防止する「治療的メリット」があるとしている。こうした作用機序は、「麻薬又は向精神薬」がもたらすものとは違うものであり、亜硝酸イソブチルを規制することは、こうした効能を用いられなくなるものということができる。

 

(4)保健衛生上の危害を認定した推認過程の誤り

 以上のように、理由付けⒶ~Ⓕは、それ自体誤りを含むものである。一方、(3)ア(健康被害が発生していないことを推認させる事実)で述べたように、健康被害が発生しないことを基礎づける事実もあるところ、(3)アで触れた事実をも併せ考えれば、人体に対する健康被害について厳格な証明があったとはいえない。

 むしろ、(3)イ(イ)で述べたように、亜硝酸イソブチルを指定薬物として指定したことにより、より危険な薬物(覚せい剤など)の使用率が高まり、社会への害悪が強まっている。一方、(3)ウで述べたように、ラッシュはアロマオイルやお香と同じく、リラックス効果を発生させ、鎮痛作用、筋弛緩作用による「治療的メリット」のあるものとして利用されているという側面も指摘できる。

 亜硝酸イソブチルを規制することによって、仕事を失い、コミュニティから排され、社会的信用も失う。極端な例でいえば、亜硝酸イソブチルをみつかったことで事情聴取を受け、それで自殺をしている人もいる(被告人質問19頁)。すなわち、規制することでより社会において大きな害悪が発生しているのである((3)イ(ア))。

 原判決は(3)アイウで述べたような、保健衛生上の危害が存在しないことを推認させる事実について不当に評価した上で、保健衛生上の危害が存在することを結論づけた。上記のとおり、「リスクの程度」は、有害な事象が発生する確率とその危害の重大性の両方を組み入れて判断されるべきであり、海外においても、日本国内においても、人体に健康被害が寄せられたという事実はほぼ存在せず、むしろ、亜硝酸イソブチルを指定薬物とすることで大きな社会的害悪が発生している以上、それらの事実を検討せず、保健衛生上の危害が存在するとした原判決の推認過程には「判決に影響を及ぼすことが明らかな」誤謬があると言わざるを得ず、事実誤認のそしりを免れない。

 

3 小括

 以上からすれば、原判決が亜硝酸イソブチルについて保健衛生上の危害があるとしたことについては事実誤認が存在する。


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