· 

【千葉】ラッシュ裁判 控訴趣意書1―指定薬物制度の運用・解釈

ラッシュ(亜硝酸イソブチル)を海外から個人輸入しようとして、医薬品医療機器等法並びに関税法違反として起訴され、2020(令和2)年6月18日に千葉地方裁判所で「懲役1年2月 執行猶予3年」 の判決が言い渡された【千葉】「ラッシュ裁判」は、以下のとおり、東京高等裁判所で控訴審の公判が開かれました。

 

日時 2021(令和3)年4月15日(木)午前11時 

場所 🔊東京高等裁判所 8階 805号法廷

 

内容 弁護側 控訴趣意書に基づく弁論

   検察側 答弁書に基づく弁論

   弁護側 証拠請求

🔊【千葉】ラッシュ裁判 東京高裁4月15日公判

 

弁護人は、2020(令和2)年11月に、「控訴趣意書」を提出し、原判決(千葉地裁判決)には、法令の適用の誤り、事実誤認、量刑不当が含まれているため、破棄されるべき旨の主張を行いました。

2021年1月には、それと連動する「事実取調請求書」を提出し、新しい書証を請求しました。

🔊 【千葉】ラッシュ裁判 東京高裁4月15日公判報告

 

ここでは、控訴趣意書の全文を分割して掲載します。

🔊【千葉】ラッシュ裁判 控訴趣意書2―「精神毒性」「保健衛生上の危害」

🔊【千葉】ラッシュ裁判 控訴趣意書3―裁量権・関税法・量刑


次回の判決公判は、以下に決定しました。

日時 2021(令和3)年6月22日火曜 11時 

場所 🔊東京高等裁判所 8階 805号法廷

内容  判決言い渡し

 

ぜひ多くのかたの傍聴をお待ちしております。

🔊【千葉】ラッシュ裁判判決の概要

🔊裁判(千葉) 


控訴趣意書 2020年11月7日

 

上記控訴人の控訴事件につき、以下のとおり、控訴理由を述べる。 

  記 

 

第1 はじめに

 本件は、被告人が亜硝酸イソブチルを輸入したことが薬器法2条15項の「指定薬物」を輸入したとして、薬機法86条26号、76条の4、関税法109条3項・1項、69条の11第1項1号の2に問われた事件である。千葉地方裁判所は、被告人に対して、懲役1年2月、執行猶予3年、亜硝酸イソブチルを含有する液体の小瓶4本の没収という有罪判決を言い渡した(以下、「原判決」という。)。

 しかし、原判決には法令の適用の誤り、事実誤認、量刑不当が含まれているため、破棄されるべきである。


第2 指定薬物制度を運用・解釈するうえで忘れてはならない視点

1 原判決の誤謬について主張する前に、指定薬物制度を運用・解釈するうえで忘れてはならない視点について述べておく。

 

2  指定薬物制度は,脱法ドラッグ対策のあり方に関する検討会が2005年(平成17年)11月25日に発表した提言(弁9号証)に基づいて制定されたものである(江原証人15頁4行目)。

  提言によれば、「違法ドラッグ」について以下が指摘されている。

・乱用拡大に伴い、死亡事故を含む健康被害が発生。また違法ドラッグの使用をきっかけに麻薬等の使用に発展する危険性が増大(ゲートウェイ・ドラッグ)。

・どのような物質が含まれているか不明な製品が多い。

・麻薬及び向精神薬取締法では…次々に含有成分の異なる製品が出現する違法ドラッグに対する迅速かつ広範な規制は困難。

・脱法ドラッグの範囲としては、「麻薬又は向精神薬には指定されておらず、それらと類似の有害性が疑われる物質であって、人に乱用させることを目的として販売等がされるもの」

 

 すなわち、指定薬物制度は、麻薬取締法など現行法では迅速かつ広範な規制が困難であったために、より適切な規制をするとして導入された制度であった。その一方,刑事罰を科す以上、罪刑法定主義に違反しないために規制対象を絞るなど刑事法における謙抑性に配慮した制度であった。

 このような経緯に照らせば、指定薬物制度によって規制する「指定薬物」について運用解釈を行うには、デュープロセス(憲法31条)に配慮したうえで、社会に強い害悪を及ぼす薬物であるかどうかを踏まえなければならない。指定薬物制度が導入されてから、提言(弁9号証)以外の新たな知見が審議会等から示されてはいないことから(江原証人15頁6行目)、指定薬物制度は、弁9号証の提言に基づく解釈が求められる。

 

3 一方で、特定の薬物を指定薬物に指定することがかえって害悪を高めてしまうことがある。

 例えば、人体に軽微な影響しか存在しない薬物を禁止したことによって、より人体に有害でありながらより入手が容易な薬物に移行したことなどが指摘されており(弁50号証の205頁、弁51号証の20頁、弁53号証の15頁),それにより、より強い健康被害が発生するだけでなく、社会全体に対して危険性を増大せしめることになる。

 また、人体に軽微な影響しか生じさせない薬物であっても、それが禁制化されている限り、当該薬物を使用等すれば、使用者に対して重い刑罰が科される。それによって強度の社会的制裁が科され、当該人物は社会から排除される(被告人質問14頁~19頁、特に19頁6行目)。そして、禁制化されている薬物を使用したことによるスティグマが課される。厚生労働省の指定薬物部会の現メンバーである松本俊彦医師も「逮捕後の法的な制裁や社会的な制裁があまりにも厳しすぎること、結果的に、その制裁によって孤立し、再び薬物依存に走るという悪循環を引き起こしてしまう(弁71号証の200頁)」とも述べているところである。したがって、人体に軽微な影響しか生じさせない薬物であっても、それが禁制化されている限り、当該薬物を使用等することによって、刑罰や社会的な制裁が科され、結果的に社会により強い害悪が発生することになるのである。

 このように、薬物規制を厳格化することが、かえって社会に害悪を発生せしめてしまうことを念頭におき、海外では様々な薬物規制がなされている。すなわち、人体に軽微な影響しか与えないものについては、一律に規制することでかえってアンダーグラウンドの世界に入り、使用実態が見えにくくなってしまうことから、販売ルートに規制を加えたり、入手の経路等に規制を加えることで、使用実態をコントロールしようとする方法がとられているのである(弁54号証の9頁)。

 このように、薬物といっても、健康被害が生ずる程度は様々であるにもかかわらず、一律に禁止することによって、社会により強い害悪が発生していることは否定できないのであって、当該薬物を「指定薬物」として禁制化することが本当に社会にとって有益であるかは別途検討が必要である。

 日本では、これまで「ダメ。ゼッタイ。」のスローガンに象徴されるように、厳罰化することで薬物の蔓延を防止してきた。このような規制が功を奏してきた側面があった一方で、健康被害が科学的に確認されない薬物、健康被害への影響が軽微な薬物、指定手続に正当性を見出せない薬物などについては、当該薬物の使用・輸入などを一律に禁制化することが適切な施策であるとは評価できない。厚生労働省の指定薬物部会の現メンバーである松本俊彦医師も「わが国の薬物対策は、歴史的に『供給の断絶』に偏りすぎてきたが・・・規制強化一辺倒ではなく、需要の低減、つまり、再乱用防止のための治療や支援の体制を整えておくことが必要と思われる」と規制強化だけの政策については異を唱えているところである(弁52号証の15頁)。

 

4 以上からすれば、特定の物質を「指定薬物」に指定するにあたっては、多角的な視点から、指定が相当であるかを厳格に検討しなければならない。具体的には、亜硝酸イソブチルを指定するにあたっては、亜硝酸イソブチルが甚大な健康被害を生じさせるのか、中枢神経系に強い影響を与えるのか。規制することが社会にとって有益なのか、それどころか亜硝酸イソブチルを規制することがむしろ社会にとって害悪をもたらしているのではないかを厳格かつ不断に検討しなければならないのである。薬機法76条の12で「国は、指定薬物等の薬物の濫用の防止及び取締りに資する調査研究の推進に努めるものとする」と規定されているのは、指定することの当否を不断に確認する必要があるためである。このように、指定が相当であるか否かを厳格かつ不断にチェックすることは、刑罰法規の謙抑性の原則と公衆衛生上の観点からの薬物規制の有効性の両面から求められているのである。

 

5 ところが、原判決は、亜硝酸イソブチルを指定薬物に指定したことに関して、①厚労相の指定に対して、事後的に不合理であるかどうかを判断すれば足り、②「精神毒性」「保健衛生上の危害」の解釈にあたって限定的に解釈する必要はないとして、③亜硝酸イソブチルには精神毒性及び保健衛生上の危害が存在する等の結論を下した。

 このような原判決の判断基準では、司法が行政府の行った判断を上記のような観点からチェックすることは不可能である。指定薬物を指定したことの当否に関して、不断の検討・確認が必要であるところ、原判決の判断基準では、結局、刑罰法規の謙抑性も不必要な処罰による弊害の回避も不可能となり、司法が行政府の作用・判断を事後追認するにとどまるのであって、行政府の作用及び判断を事後的に検証する責務を放棄していることになるのである。また、亜硝酸イソブチルの人体に対する有害性は低く、現在でも適法に流通している薬物と(健康被害の意味において)そこまで大差がないにもかかわらず、指定された点も看過できず、それによって多大な害悪が発生しているものである。原判決は、亜硝酸イソブチルの健康被害、社会における有害性などについても判断を誤ったといえる。

 以下、上記下線部の視点をもちつつ、控訴事由を論ずるものである。


第3 「争点に対する判断方法」について(刑訴法380条,382条)

1 原判決は「1 要件判断のあり方」として「裁判所は厚労相の判断から離れて、精神毒性や保健衛生上の危害の発生のおそれの存否を判断するのではなく、厚労省がそのように判断したことに合理性があるか、それが裁量の範囲を逸脱していないかを審査するべきである」と判示し、厚労相の判断に広範な裁量を認めている(原判決6頁)。

 しかしながら、このような判断方法では、本書面第2で述べたような観点から当該規制の正当性を審査することはおよそ不可能となる。日本では三権分立という国家システムを取る以上、司法府は「司法の独立」のもと(憲法76条1項)、行政作用を監視する責務を負っている。それにもかかわらず「厚労相がそのように判断したことに合理性があるか」という、厚労相の判断を踏まえたうえで事後的に確認する判断方法を用いては、事実上、行政の作用を追認する結果となる。

 刑事罰は人の人生を変え、たとえ罰金数十万円であっても、刑事罰が科されれば、当該人物は仕事を失い、社会から白眼視され、地域コミュニティから追放されることを意味し、前科を有することになる。それだけ刑事罰を科すことには慎重に慎重を重ねなければならない。それにもかかわらず、原判決のような判断枠組みを取れば、行政の活動を事後追認するだけになってしまい、司法府の責務を果たしえない。

 原発の設置許可処分の違法性が問題となった伊方発電所原子炉設置許可処分取消訴訟(最判平成4年10月29日民集46巻7号1174頁)では、裁判所は「原子炉施設の安全性に関する被告行政庁の判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべき」として、本件同様、国の判断に不合理な点があるか否かという観点から判断するとした。そのうえで、同最判は「現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。」として、違法になる場合を示したが、一方で、専門的な知見に関わることを前提に「原子炉施設の安全性に関する被告行政庁の判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟においては、右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものであるが、被告行政庁の側において、まず、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議において用いられた具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認される」として、まず行政庁が相当の根拠・資料に基づいて行政庁の判断に不合理な点のないことを主張立証すべきであるという判断を行ったのである。

 上記最判は、専門的知見に関わることを踏まえ、行政へ事実上の主張立証責任を転換させ、行政作用の適法性を積極的に吟味させようとした。「疑わしきは被告人の利益に」の大原則がある刑事裁判においては、なおさら、行政の判断・作用が適切であったかをより丁寧に見るべきであり、専門訴訟であることを理由に行政の判断を事後追認すべきではなく、精神毒性・保健衛生上の危害の存否を検察官自らが主体的に主張・立証し、裁判所はその主張・立証を積極的に精査する義務を負うというべきである。

 

2 また、原判決は、上記のような判断枠組みを取る理由として、「中枢神経系の興奮若しくは抑制又は厳格の作用…を有する蓋然性が高く…人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがあるもの…『として』、厚生労働大臣が…指定するものをいう」と述べ、「であって」ではなく、「として」という文言が使われていることに注目する(原判決5頁)。原判決は、「として」という文言が使われていることから、精神毒性・保健衛生上の危害の要件は、厚労相の指定と別個の独立した要件ではなく、厚労相の指定判断の内容であると述べるのである。

 しかし、これは誤った解釈である。

 たとえば、厚生労働省の公式ホームページ[https://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/scheduled-drug/index.html]における「指定薬物」の説明では「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律では中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。)を有する蓋然性が高く、かつ、人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある物を指定薬物として定義し」としており、この二つの要件をもって「指定薬物」を定義している。徳島県[ https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kenko/iryo/5019701/]や山口県[ https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a15400/yakuzi/mushouninmukyoka.html]の公式ホームページにおいても「『指定薬物』とは:中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用(当該作用の維持又は強化の作用を含む。)を有する蓋然性が高く、かつ、人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがあるため、厚生労働大臣が医薬品医療機器法に基づき指定しているもの」としており、「あるため」という表記からも明らかなように、精神毒性と保健衛生上の危害を独立の要件とされ、そのような運用がされている(下線部は弁護人によるもの)。

 実質的にも、厚労相の指定が相当であったかを検証するにとどまるのであれば、実際に精神毒性及び保健衛生上の危害が存在しなくとも、厚労相がこれらの要件があるもの「として」指定し、その指定が一見して相当であるかのように見えれば、実際に精神毒性及び保健衛生上の危害が存在せずとも、その指定は適法となってしまう。

 刑罰法規の謙抑性や不必要な規制による弊害の観点からは、構成要件として、精神毒性及び保健衛生上の危害があるものを要求していると解すほかなく、裁判所自身が、精神毒性及び保健衛生上の危害という要件適合審査を厳格に着実に判断すべきである。

 

3 原判決は、裁判所は専門的判断をする能力を持ち合わせていないと述べるが、上記解釈は、何も無いところから裁判所に上記二要件の審査を強いるものではなく、精神毒性及び保健衛生上の危害が存在すると認定された判断過程を検証することによって、上記二要件をチェックすることは十分に可能である。


【横浜】ニトライト裁判とも控訴審へ

【横浜】ニトライト裁判も控訴に向けて準備中です。2021年3月15日までに控訴趣意書を提出しました。


本会では、活動や今後の控訴裁判に向けて支援・寄付をお願いしています。

ご寄付いただいたかたに感謝申し上げます。

🔊支援・寄付のお願い

裁判の控訴に向けて、更なる弁護、調査費用がかかります。少額でも寄付をしていただけると、大変助かります。

振込先 🔊三菱UFJ銀行 八幡(やわた)支店(店番272) 普通 口座番号0521020

    名義 ラッシュコントロール