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【千葉】ラッシュ裁判最終弁論4-関税法改正について

ラッシュ(亜硝酸イソブチル)を海外から個人輸入しようとして、医薬品医療機器等法並びに関税法違反として起訴され、その罪状について争われている【千葉】「ラッシュ裁判」の公判論告弁論が、2020(令和2)年3月9日に開かれ、求刑は「懲役1年6月」、弁護人は「無罪」を主張しました。

その概要は以下で報告しました。

  🔊3月9日公判論告弁論報告

 

弁護人最終弁論は、本裁判の主張の根幹となりますので、何回かに分けて掲載します。

今回は、「審議会と厚労大臣の指定について」の部分です。

🔊【千葉】ラッシュ裁判最終弁論1-本件で問われているもの

🔊【千葉】ラッシュ裁判最終弁論2-指定薬物の要件を満たさないこと

🔊【千葉】ラッシュ裁判最終弁論3-審議会と厚労大臣の指定について


第2 被告人の本件行為について

以下では、被告人の本件行為が罪に問われるべきではないことを述べる。

7 平成27年3月31日の関税法改正について(上記3⑤)

(1) はじめに

 平成19年2月28日に、亜硝酸イソブチルは医薬品医療機器等法上(当時は薬事法)の「指定薬物」に指定されたところ、その後、平成27年3月31日に関税法69条の11第1項「輸入してはならない貨物」に、1の2号として「指定薬物」が追加された。その改正によって、亜硝酸イソブチルを輸入した場合には、医薬品医療機器等法上の刑罰を科されるだけでなく、関税法109条に基づく刑罰を科されることになった。それまでは3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金又はこれを併科するという刑罰であったが、10年以下の懲役若しくは3000万円以下の罰金又は併科が科されることになり、刑が厳罰化した。

 厳罰化するに際し、「指定薬物」の範囲は何ら見直されることがなかったが、改めて「指定薬物」の範囲を見直す必要があったというべきである。厳罰化するに際し、関税法上及び医薬品医療機器等法上の「指定薬物」から亜硝酸イソブチルを外すべきであった。そのような義務があるにもかかわらず、それを怠り、亜硝酸イソブチルを「指定薬物」から外さなかったことは、違法である。被告人は本来「指定薬物」から外すべき亜硝酸イソブチルを輸入したのであるから、この意味からも無罪である。

 

(2) 関税法上の「輸入してはならない貨物」に「指定薬物」を追加した際、医薬品医療機器等法上の「指定薬物」から亜硝酸イソブチルを外すべきであったこと

ア 再検討するべき義務が発生すること

 以下の理由から、国には、厳罰化するに際して亜硝酸イソブチルを「指定薬物」から外すべき義務があった。

 

(ア) 厳罰化するに際して、立法者等が想定している「指定薬物」とは何だったか

① 関税法改正の議論から

 関税法上の「輸入してはならない貨物」は、国民生活の安全、社会・経済秩序の維持といった社会公共の利益の観点から、税関による積極的な水際取締の実効を期すことが特に必要と認められるものを対象としている(弁59号証の3頁📝)。そして、違法指定薬物を「輸入してはならない貨物」に加えたのは、「背景として、昨今、危険ドラッグの利用者による交通事故等が多発しており、6月の終わりに池袋で死傷者が出る大きな事故(弁60号証の2頁)📝」があったため、総理による指示がなされ、違法指定薬物は「国内に流通することが『国民の生命や健康に影響を及ぼし、社会の安全を脅かす』(弁59号証の3頁)」と考えられたからである。

 このような趣旨・議論から考えれば、ここで想定されている「薬物」は当該薬物を摂取することで人事不省になる、妄想などによって現実認識ができなくなる、正しい判断能力が出来なくなる、その結果、当人に健康被害が生ずるとか、自傷他害の事故を発生しうるような状態になる薬物であると考えられる。

 前述したように、亜硝酸イソブチルを使用しても、精神毒性及び保健衛生上の危害が発生するおそれは極めて少ない。このことを踏まえると、医薬品医療機器等法上の「指定薬物」を漫然と関税法上も規制するとするのは相当ではない。

 関税法上は、医薬品医療機器等法上の「指定薬物」を規制の対象としていることからすれば、亜硝酸イソブチルを関税法上の適用を回避するには、医薬品医療機器等法上の「指定薬物」から亜硝酸イソブチルを外すことが要求されていたというべきであり、それをせずに、漫然と規制を広げたことは憲法31条に違反する。

② 国会における議論から

 さらに、関税法の改正に先立つ指定薬物の個人使用所持を規制する第185回国会衆議院厚生労働委員会の会議録を前提に考えてみると(弁70号証の33頁 世間話研究📝)、以下のやり取りを確認することができる。

                記

 新原秀人委員(日本維新の会) 本当に、交通事故なり暴れたりとかして人に御迷惑をおかけしてという違法ドラッグという形で今問題になってきておりますけれども、今回、所持するだけでも違反になるということは、非常にすばらしい、いいことなので、こういったことはどんどん進めていただきたいと思いますし、裁判になれば、違法ドラッグをしていたので意識がなくなったりとかなりまして、それこそ傷つけられたり亡くなられた方には、本当にどこにも持っていけなくなるようなことですので、こういった薬物関係のことについては本当に厳しくやっていただきたいんです。

 古屋範子委員(公明党) 違法ドラッグによる意識障害、また呼吸困難、そうしたものから起こる健康被害、また、違法ドラッグを吸引して運転して自動車事故を起こしたというようなこともございます。こうした規制の強化というのは、非常に重要だと考えております。

 

 これらの議事録からみても、国会議員は、規制を強めようとしている対象薬物を「交通事故を起こしたり、重大な健康被害を起こすようなドラッグ」を想定していたことが窺われる。

 平成18年に指定薬物制度が導入されてから、国は一貫して薬物に対する規制を強化してきた。江原証人が「強化の方向に向かっている(江原71頁1行目)📝」と証言していたとおりである。しかし、ここで規制強化の対象として想定されてきた薬物は、上記の国会議員のやり取りからみても「交通事故を起こしたり、重大な健康被害を起こすようなドラッグ」であるのであって、ここに入らない亜硝酸イソブチルは、(平成19年2月28日の指定時点において違法であったことは当然として)医薬品医療機器等法上の「指定薬物」から外すことは、規制強化にあたってますます要求されていたものである。

 平成27年の関税法改正では、従前に比べて、より重い刑罰が科されることになることからすれば、亜硝酸イソブチルを関税法上の適用を回避するには、医薬品医療機器等法上の「指定薬物」から亜硝酸イソブチルを外すことが要求されていたというべきであり、それをせずに、漫然と規制を広げたことは憲法31条に違反する。

 

(イ) 提言(弁9号証📝)の趣旨からすれば、再検討すべき義務が導かれること

 提言(弁9号証)には以下のような記載がある(弁9号証の4頁)。

・5(1)の(1)(弁9号証の4頁)

 一定の化学構造を有する物質群を一括して規制対象とする「一括指定制度」については、指定された化学構造を有する物質でも有害性の程度には大きな違いがあり、中には有害性が全く認められないものも含まれる可能性があるため、それらを一律に厳しく取り締まることは、罪刑法定主義及びそれより派生する諸々の刑法理論に照らして問題がある。

・5(1)の(2)(弁9号証の4頁)

 麻薬等に相当する有害性が疑われる物質について、それが立証されるまでの間、暫定的に規制対象とする「暫定指定制度」についても、一定期間内に有害性が立証されずに指定を解除することになった場合、指定期間中に摘発されて有罪となった者の取扱い等について刑事立法上の問題(処罰の必要性及び根拠の問題、国家賠償の問題等)が生じるおそれがある。

・5(3)(弁9号証の5頁)

 現時点で麻薬相当の有害性が立証されたといえない違法ドラッグについて、販売等を予定しない個人的な使用のための所持等までも規制することは、有害性の程度に応じた規制の均衡という観点から、基本的に困難ではないかとの指摘がある。(略)流通段階における規制・取締りの強化を図ることによって、興味本位や無思慮、あるいは無規範な考えによる違法ドラッグの入手や使用は相当程度抑制される可能性が高いとの意見もあった。(略)よって、本提言を踏まえた違法ドラッグ対策の帰趨や成果、また、それら対策が講じられた結果としての違法ドラッグの濫用実態等を十分に把握・検証した上で、麻向法における麻薬や向精神薬の規制とのバランス等を含め、今後検討すべき課題でないかと考えられる。

 

 これらの記載は、「指定薬物制度」の運用にあたっては、薬物が常に「麻薬相当」の有害性を有しているかを、不断に検証しなければいけないことを意味する。上記提言の趣旨を改変するような答申がない以上、上記提言の趣旨は現時点においても活きているはずである。上記提言によれば、刑罰の適用においては可及的に慎重であるべき旨が謳われているにもかかわらず、厚生労働省は亜硝酸イソブチルを含めたまま、漫然と個人使用所持の罰則化、関税法の改正を進めた。関税法改正は、個人の使用所持の規制と連動するものであり、より量刑の重い刑罰化を図るに当たっては、人体に対する害悪、社会に対する害悪を確認できない亜硝酸イソブチルについては、充分な審議が要求されたのであり、厳罰化にあたり亜硝酸イソブチルを医薬品医療機器等法から「指定薬物」から外すべき義務が導かれたというべきである。

 

(ウ) 刑事罰の重さ

 そして、関税法上の「輸入してはならない貨物」を輸入した場合、科される刑事罰は「10年以下の懲役若しくは3000万円以下の罰金又は併科」である。それまでの医薬品医療機器等法上の規制では、「3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金または併科」に過ぎなかったものが、関税法の改正がされることになるに伴い、厳罰化されたことになる。提言(弁9号証)の9頁によれば「「〇刑罰法規の適正:刑罰法規はその内容においても適正でなければならない。当該行為を犯罪とする合理的根拠があり、かつ、刑罰はその犯罪に均衡した適正なものでなければならない(規制の均衡)」とあるのであって、厳罰化するのであれば、それに応じた具体的かつ合理的根拠が必要である。それにもかかわらず、亜硝酸イソブチルの害悪については何ら実証されておらず、平成19年における厚労省の指定の違法性もさることながら、平成27年の改正において厳罰化することに伴い、より亜硝酸イソブチルを改正後の刑罰に問うことが相当であるかを吟味しなければならなかった。具体的には、関税法の規制を亜硝酸イソブチルに及ぼさせまいとするには、医薬品医療機器等法上の「指定薬物」から亜硝酸イソブチルを外すことしか考えられないから、健康被害が少ない亜硝酸イソブチルを医薬品医療機器等法上の「指定薬物」から外すべき義務があったというべきである。

 

(エ) 「輸入してはならない貨物」として挙げられている具体例との均衡

 また、関税法上の「輸入してはならない貨物」の指定薬物以外の各号をみると、「麻薬及び向精神薬、大麻、あへん及びけしがら並びに覚醒剤」「拳銃、小銃、機関銃及び砲並びにこれらの銃砲弾」「爆発物」「化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律第二条第三項に規定する特定物質(弁護人註:毒性物質及び毒性物質の原料となる物質のうち、化学兵器の製造の用に供されるおそれが高いものとして政令で定めるもの)」などがあり、いずれも人体又は社会に対して、極めて重篤かつ広範囲に、生命、健康、安全に対する甚大な侵害を与えうるものであることがわかる。

 それに対して、亜硝酸イソブチルは、蒸気で吸うことで、数十秒の薬理作用があるのみで(被告人質問6頁5行目📝、梅野1頁下から2行目、梅野28頁17行目📝)、亜硝酸イソブチルを輸入することで関税法が適用されるのは、他の各号に比べて、人体・社会に対する害悪を前提に考えてみても、突出して不均衡である。このような劇物、広範囲で危険なものを規制する条文に追加するような場合には、医薬品医療機器等法上の「指定薬物」の範囲を再検討すべき義務があったというべきで、亜硝酸イソブチルを外すべきであった。 

 

(オ) 亜硝酸イソブチルについての健康被害は報告されていないこと(規制を強化すべき立法事実が指摘されていないこと)

 平成19年に亜硝酸イソブチルが禁制化されてから、亜硝酸イソブチルを使用したことで、自傷他害の事例が発生したことは報告されていない。指定薬物制度は、一定の薬物を摂取するとより人体に有害性をもたらすことが科学的に立証されている「ゲートウェイドラッグ」を防止するところにも趣旨があるようであるが(江原71頁1行目)、亜硝酸イソブチルはゲートウェイドラッグでもない。

 このように平成19年以降の状況をみても、亜硝酸イソブチルの規制を強化するだけの社会事実・立法事実は存在しないというべきである。

 

(カ) 小括

 以上からすれば、関税法が改正されるにあたって、厚生労働大臣は、指定薬物から亜硝酸イソブチルを外すか、それとも、関税法上の「指定薬物」から亜硝酸イソブチルを外すべきであった。

 

イ 義務違反

 以上のとおり、亜硝酸イソブチルを外すことが求められていたにもかかわらず、厚生労働大臣は医薬品医療機器等法上の「指定薬物」から亜硝酸イソブチルを外す処置を取らなかった。これは、厚生労働大臣の負うべき義務に違反していると言わざるを得ず、裁量権の逸脱乱用であり、違法である。

 

ウ 結論

 以上からすれば、本来、平成27年時点において、医薬品医療機器等法上の「指定薬物」から再検討を行い、亜硝酸イソブチルは外すべきであったところ、それをしなかった。被告人は、本来違法とはされない薬物を輸入したにすぎないから、被告人は関税法及び医薬品医療機器等法上の違反行為はしておらず、この意味からも被告人は無罪である。


参考書証

弁59号証「指定薬物の「輸入してはならない貨物」への追加について📝① 本サイトでは未紹介

弁60号証「関税・外国為替等審議会 関税分科会議事録」📝② 本サイトでは未紹介

弁70号証「世間話研究」📝🔊ラッシュ規制をめぐる論文紹介

江原証人の尋問調書📝④(調書は未公開)🔊10月9日公判厚労省職員証人尋問

弁9号証「提言「違法ドラッグ(いわゆる脱法ドラッグ)対策のあり方について」」 📝⑤🔊「脱法ドラッグ対策のあり方に関する検討会」の提言

被告人質問(調書は未公開)📝⑥ 本サイトでは未紹介

梅野証人の尋問調書📝④(調書は未公開)🔊精神科医から見たラッシュ規制(梅野充)

 

 🔊【千葉】ラッシュ裁判判決の概要


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    名義 ラッシュコントロール

弁論要旨

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