指定薬物の典拠論文「アメリカン・ジャーナル・オン・アディクションズ」

ラッシュを指定薬物として規制しようと審議されたとき、根拠とされた学術論文がここに紹介するものです。

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「The American Journal on Addictions」10-1(2001)

American Academy of Addiction Psychiatry

(アメリカン・ジャーナル・オン・アディクションズ)10巻1号

アメリカ中毒精神医学学会

 

“Clinical Review of Inhalant”

Thomas Brouette&Raymond Anton

 

「吸入薬の臨床的検討

トーマス・ブルエット、レイモンド・アントン

 

本論文は、吸入される物質として、ラッシュ(亜硝酸塩)と併せて、揮発性溶剤、亜酸化窒素の3種について、その人体的影響、乱用防止に向けての臨床医学の立場から書かれています。

 

ラッシュについては

ニトライト(亜硝酸塩)として、亜硝酸アミル、ブチル、イソブチルを挙げています。

 

「行動メカニズム」の項で、次のように述べています。

 

〈亜硝酸塩は、多幸感および性感向上の両方を促すものとして使用される。吸入すると、求める効果が、10秒以内に達成するが、5分以内に急速に減少する。(略)性的興奮を高め、肛門括約筋を弛緩させ、オーガスム感が延長される。こうした効果をもたらすメカニズムとして推定されるのは、血管拡張(vasodilation)と平滑筋の弛緩である。脳動脈血管拡張は、亜硝酸塩の酩酊による精神的要素を生み出しているようで、脳画像研究によると、脳動脈の血管流に局所的差異は見られないと発表されている。〉

 

「医学的後遺症」の項では、次のように述べています。

 

〈急性

吸入後、軽い頭痛、めまい、動悸、ふらつきを訴える使用者が多い。もっとしつこいズキズキした頭痛、吐き気、嘔吐、虚弱、失神、情動不安、悪寒、本人の意図しない排便や排尿を訴えるものもある。(略)中には、心臓収縮期と拡張期の血圧の急落もあれば、その結果としての頻脈もある。(略)こうした化合物は、かなり痛烈なものになりうる。患者によっては、副鼻腔炎、鼻気管炎、皮膚炎も起こしうる。〉

 

〈慢性

亜硝酸塩使用の最も深刻な影響は、血液学及び免疫系統にある。亜硝酸アミルの吸入は、メトヘモグロビンの増加と、溶結性貧血を誘導する。(略)亜硝酸塩使用により、発ガン性ニトロソアミンを作ってしまう可能性がある点は、注目にされる。亜硝酸塩が引き起こす血管拡張は、HIV感染の可能性を増加させ、ヘルペスウィルスはカポジ肉腫の生成を増加させる可能性がある。〉

 

「図4 亜硝酸塩乱用後遺症」では、次のような列記が見られます。

 

〈神経系統(Nervous system)   

頭痛、めまい、運動失調、失神、性的誘発、虚弱、腸と膀胱の調節不能〉

 

この論文では、確かに神経系統を含む人体への影響があることは述べられています。

ただし、それらは血管拡張によるものと推定し、中枢神経系への作用からもたらされるものとの明記はありません。

これは同論文中、揮発性溶剤や亜酸化窒素では、中枢神経(central nervous system)との関連が言及されているのとは対照的です。

 

従って、この論文は、指定薬物で要件とされる「中枢神経系への作用」がラッシュにある、とする科学的根拠(エビデンス)としては、脆弱なものであるといわざるをえません。

 

なお、本論文では、ラッシュの使用がHIVやカポジ肉腫の発症にも影響があるような記述がありますが、この点についても、別途、検証が必要でしょう。